【プロローグ】

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【プロローグ】

 赤。赤。赤。視界の端には黒。そしてまた赤。  さっきまで身体を流れていた赤が、行き場をなくして地面に散る。  もはや痛みすら感じない。絶望、呆然、或いは虚無。    街はいとも簡単に闇に包まれた。  あちこちから上がる火の手。逃げ惑う人々が漆黒に飲まれていく。  また誰かが潰された。虫よりも呆気なく、人の形は肉塊へと変貌した。  もう見えるもの全てから目を背けたい。  しかし私の身体には、瞼を閉ざす力すら残されていなかった。 ーーここで終わって、いいのかもーー  優しい声が頭に響いた。  大嫌いだったものに身を委ねる快感。  酷く背徳的な。されど抗い難い悦楽。 ーーもう未来に怯えなくていいんだーー  そうだ。これでいい。  無数の黒い腕が地面から生えて、小さな私を掴んだ。  今の私は抵抗もできない。  無理に足掻いて苦しむくらいなら、いっそ力を抜いて楽になろう。    きっとみんなも「そっち側」にいる。  無理に心臓を動かす必要など無い。  誰もいないこの世界で生き続ける方が地獄だから。   ーーさよならーー  この世界に別れを告げて。  私という命は終わる筈だった。    しかし世界は許さなかった。    漆黒に覆われた世界を、白い煙が塗り替えた。  軋む鉄の音。廻る歯車の音。閉じかけた瞼に突き刺さる赤い光。 ーーなに?ーー  私は"それ”を知っていた。  この街に生きる人の中で、二番目によく知っていた。 「城銀(しろがね)で大型死霊による襲撃が発生。近隣の全魔導列車に救援求む。繰り返す。大型死霊による襲撃が発生。近隣の全魔導列車に救援求む……」  あれだけ終わりを望んでいながら。  私は彼の声をずっと待っていたのかもしれない。 「待ってろ、今助ける‼︎ 」  正義の味方?  無敵の戦士?  なんでもできる魔法使い? 「発射‼︎ ……よかった。酷い怪我だけど、まだ生きてるね⁉︎ 」    違う。彼はただの車掌さん。  おっちょこちょいで不器用で。誰よりも優しい。  ……優しすぎて呆れるような、そんな普通の人だった。 「近隣の全魔導列車、至急救援を‼︎ 重症者を発見した。×××歳の子供だ。性別は×××。×××が×××していて、早急な治療が……」  安心したからだろうか。  張り詰めていた心が解け、彼の言葉が遠くなっていく。  だけどその名前は。「その列車の名前」だけは、しっかり届いた。 「こちらは葬錚巨影(そうそうきょえい)グランゼリオ‼︎ 城銀(しろがね)で死霊と交戦中‼︎ 」  私は温かい闇に沈んだ。
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