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【第1話】死発
漆黒の巨影が大気を切り払うと、砂が吹き飛んで道が生まれた。
石や礫を轢き潰し、錆び付いた線路の上を駆けていく。
煙突から噴き出る白煙が、車体の後ろへ棚引いては消える。
誰もいない荒野で回り続ける車輪。
物々しい金属音を打ち消すように、高らかに鳴り響く鐘に似た音。
屈強な装甲の中から聞こえるそれが、乾き切った世界を震わせた。
「久しぶりですね。前に止まったの、何日前でしたっけ? 」
車内の座席のひとつ。
お世辞にも座り心地は良くなさそうな、硬い木で出来た簡素なもの。
黒い壁に囲まれた無機質な客車から、明朗な女の声がした。
「死霊の報告もないし、久々にゆっくり出来るんじゃないですか? 車掌さんもたまには降りて、外の空気を吸った方がいいと思いますが」
深い青色のコートに白いタイ、黒のロングスカート。
金色のボタンが眩しい服を身に纏った、どこぞの令嬢のような優美な服装。
彼女の翠がかった青髪が揺れると、甲高い汽笛の音が鳴った。
「ほら。グランゼリオもその通りだって」
一方通行の軽口。それがいつものことだった。
列車の両脇には赤い光を放つタンク。車輪の回転に合わせて明滅する。
「もう。また私一人で喋ってる……」
女は退屈そうにぼやくと、膝に乗せた杖を握った。
身の丈ほどある長い杖。先端は真紅、月のような形状。
明らかに歩行の補助には役立たない、奇妙な形状をしている。
「ふわふわちゃん達おいで。お喋りしましょ? 」
彼女がそれを軽く振ると、杖の先端に水色の球体が出現する。
すると次の瞬間、球体から赤、青、緑。
三つの光が飛び出して、女の頭や肩、体をくるくると回り始めた。
それはまるで、飼い慣らされた小動物か小鳥のように。
「みんながいて良かった。あの人とふたりだと、本っっ当に暇なんですもん。話しかけても殆ど無視。あれじゃお客さんにびびられても当然ですよね」
ーーきゅうーー
ーーきゅきゅっ‼︎ーー
ーーきゅ〜ーー
ふわふわちゃんと呼ばれた三匹の人魂は、同意するように点滅した。
列車はやがて速度を落とし、停車の準備を始める。
遠くに見えていた高い壁。それが近付いてきた故に。
「久々の駅‼︎ 食料の補給と、それからお水と……」
「熱砂楼で水は貴重品だ」
ぴしゃりと硬い声が響いた。
客車と運転席を繋ぐ扉から煙が吹き出す。
歯車が重々しく回転し、黒く頑強な扉が左右に開いた。
「水の調達は最低限に。食料はツミキ。君に任せる」
「えぇっ、備蓄も少ないのに……二人分用意できるかな……」
ツミキと呼ばれた女が杖を振ると、ふわふわちゃん達は球体の中に消えた。
溜息を吐きながら、壁のボタンを操作するツミキ。
「一人分で構わない。節約が優先だ」
「どうしてこうケチなんですかね。多少の余裕はあるんですよ」
厳重に閉ざされた扉のロックが外れた。
外の暑い空気が吹き込み、鼻を擽る。照り付ける日差しに目を伏せながら、ツミキはゆっくりと列車の外……石造りのホームに降りた。
「熱砂楼。熱砂楼。停車時間は三日。出発は朝七時」
時刻を告げる人影に、眩しい日光が差し込んだ。
歯車の印が付いた制帽。黒い布地に金色のボタンが付いた上着。
革製のショートパンツと沢山のベルトで止められたブーツを履き、橙を帯びた白髪、幼なげな顔立ち。しかしその表情は、見た目にそぐわぬ冷静さと生真面目さで引き締められていた。
「行ってきます……ってあれっ。一緒に来るんですか」
「乗務員に反抗的な言動が見られた。監視が必要と判断した」
「道中が暇なのは車掌さんが原因だと思いまーす」
澄んだ緑の左目。眼帯で覆われた右目。
これが魔導列車「グランゼリオ」の車掌だった。
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