【第10話】おかえり

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ーーーーーー  縛られたディサンダアルはしょげていた。  黒龍の死霊を呼んだ代償で、出血した箇所が痛むからではない。  若い者たちに敗北し、ぐるぐる巻きに縛られていることも関係ない。  新しい世代が自分を越えていくのは、教師として喜ばしいことだった。 「だからって、杖でぶん殴るのは無いじゃろ‼ 」 「魔法で先生に勝てる訳ないじゃないですか」 「物理の方が効きそうじゃないですか」  魔法学校のカリキュラムを今一度見直さんとな。  教え子二人の体たらくに、ディサンダアルは深く溜息をついた。 「それで? 黒龍の死霊を呼び出したのは、本当に試験だったのですね? 被害が出ないように、十分に考えた上での行いだったのですね? 」  破れたドレスを纏ったまま、グレイスが問い詰めた。  巨砲アレクト―ルを握ったまま、魔法連盟の議長を威圧する。そちらの答え方次第では、偉大なるグレートヒルンの力で如何様にもできると。 「本当じゃよ。ほれ。街もそんなに壊れてないじゃろ」 「……まぁ、死霊の規模にしては軽微ですわ」 「怪我人も出ていませんし。その辺はきっちり管理していたんですね」  死霊を呼んだことで、大量出血した方がいますけど。  ツミキとタテハに応急処置をしながら、ソウはそれとなく呟く。   「『悲劇の死霊』は人間の想像を遥かに超えた力をもつ。城銀(しろがね)では予想も出来ない事象が、波のように押し寄せるじゃろう……わし程度が考えることに振り回されては、到底奴を永眠(ねむ)らせることなど出来んぞ」  壊れたは塔の一部だけ。住民は最初こそ驚いていたものの、被害が少ないと分かると落ち着きを取り戻し、一人、また一人と日常へと戻っていった。  勝手が過ぎるが、限度は見極めている。やったことは問題だが、直接の影響はここにいる六人に留まっている……グレイスは諦めたように首を振った。 「今回は黙っていましょう。騒ぎ立てることでは無さそうです」 「すまんのぉ」 「今後は情報の公開を積極的に行いますよう。改善の余地が見られなければ、グレートヒルン家は然るべき手段を取りますわよ」 「怖いのぉ……おや。向こうも終わったようじゃ」  塔の中からこちらに来る影。  歯車の印が付いた制帽。黒い布地に金色のボタンが付いた上着。  革製のショートパンツと沢山のベルトで止められたブーツを履き、橙を帯びた白髪、幼なげな顔立ち。その顔に浮かぶのは、仄かに柔らかな笑みだった。 「……何をしているんだ」  しかしその笑みはすぐに消え、普段の冷静さを取り戻す。  無理もない。気に入らない相手とはいえ、仮にも魔法連盟の議長。  それをボロボロになった知人達が取り囲み、ロープで縛りあげているのだ。流石の車掌であっても、この状況の真相を察することは不可能であった。 「あっ。車掌さんお帰りなさい」  真っ先に声を掛けたのはツミキだった。 「別に何も。ちょっと遊んでいただけです」  鞘に仕舞った大太刀を尻尾に入れながら、タテハがにっと笑った。 「心配することはありませんわ。何と言っても、このグレンツェン・フォン・グレートヒルンがいるのですから」  ふんぞり返ったグレイスが、握り続けていた巨砲をやっと地面に置いた。 「気になるなら後でこっそり。でも本当に、大したことじゃありませんよ」  ソウの囁きは、五人の中で最も説得力があった。 「議長がご迷惑をお掛けしました……なんとお詫びすれば良いやら……」  そしてマヤは、議長秘書として責任を感じていた。  だが車掌にとって、ディサンダアルの判断は迷惑でもなんでもなかった。  全ては結果論であるが、終わりよければ全て良し。自分はいる訳で、失っていた大切なものも還ってきた。 「……問題が無いなら良い。それより議長。(りん)の死霊の件は解決した」  口調も性格も。  十年もの間続けていたものは、すぐには変えられないけれど。 「城銀(しろがね)行きの許可を貰いたい」 「……むぅ。約束したからの」  この胸に宿る心は、大切にしたいと思うのだった。
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