謎の陰陽師と斎宮の白拍子

2/11
226人が本棚に入れています
本棚に追加
/136ページ
「……なんでしょうか」  ああ酒臭い。振り向いた男はまっすぐ立てないほどに酔っていました。  できるなら無視してしまいたいけれど、それが許されないことも分かっています。 「鶯殿、すばらしい舞いに感謝する。まるで鶯殿が天妃のような美しさであった。あまりの美しさに酒宴の席でも鶯殿の話題で持ちきりになっているぞ」 「畏れ多いことです」  私は淡々と答えました。  そっけない態度になってしまいましたが、男は執拗に私を賛美します。 「旅の白拍子であることが惜しいくらいだ。よかったらここに身を置いてくれても構わないのだが」 「ここで舞ったのは一晩の寝床を借りる恩義です。明日ここを発ちます」 「これほど頼んでいるというのに」 「私は旅の白拍子です。一つの場所に留まることはいたしません」 「……ああ、それは残念だ」 「お許しください」  今まで何度この誘いを断ってきたでしょうか。考えるのも嫌になる。  旅を始めてから半年ほどが経過していました。日銭を得るために幼い頃から身につけてきた芸を披露しながら都まで来ました。  街道では河原(かわら)や神社で舞うことが多かったですが、町や村に入ると噂を聞いた貴族や豪族に呼ばれて宴席で舞うことが多かったのです。  宴席で舞えばそれなりに銭が入るので貴族は上客でしたが、私が好ましい気持ちで舞ったことは一度としてありません。どの貴族も風流と(みやび)を好みながら、この世のすべてが金銭で手に入ると思っている傲慢さがあるのです。伊勢の山奥で厳しい稽古をしながら育った私にとってそれはひどく醜悪なものに見えました。  そう、銭を稼ぐための舞いなど私の舞いではないのです。  でも今、私は舞うことで()扶持(ぶち)を稼ぎ、一夜の寝床を得ていました。  男の目に私はどう映っていることでしょう。きっと白拍子ではなく遊び女か物乞いのように映っているのでしょう。 「では、私は失礼します」  そう言って話しを終わらせると、もう役目は終わったと告げるように部屋に引きこもるのでした。
/136ページ

最初のコメントを投稿しよう!