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「どうかお引き取りください。私は白拍子、殿方の夜伽のお相手をするために旅をしているわけではありません」
「つれないことを言う。一夜の恥じらいなど無用ではないか。褥でも艶やかに舞ってみせてくれ」
「恥じらいではありません。私は嫌だと言っているのです」
「鶯殿は戯れがお好きなようだ」
男は愉快そうに笑った。
断られるなど微塵も思っていない傲慢さ。私の拒絶を言葉遊びと解釈しているのです。
そして男はとうとう御簾に手をかけ、ゆっくりとめくって寝床に姿を現わしました。
「なんですか、無礼ですよ!」
強い口調で声を上げました。
でも男には通じず笑いだします。建前の拒否だと勘違いしているのです。
「ハハハッ、たまにはこういう余興も悪くない。だがそろそろ面倒くさい。過ぎた戯れこそ無礼だと教えてやろうか」
「今すぐ出ていってください! 今なら夜這いなどなかったことにしてあげます!」
強気に拒否を続けました。
夜着を直して怒りのままに睨みます。隙なんて見せてあげません。
警戒と侮蔑を向ける私に男は忌々しげな顔になりました。ここにきてようやく言葉遊びの拒絶ではないと気づいたのです。
「っ、白拍子風情がっ……。こうして寝床に来てやったというのに、貴族である私の誘いを断れると思っているのか!」
男の様子ががらりと変わりました。
男の目にぎらついた怒りが宿り、私に向かって手を伸ばしてきます。
「こ、来ないでください!」
腕を掴まれる寸前、勢いよく手を払いました。
そして枕元の小太刀を握って構えます。
「これ以上近づくことは許しませんっ……!」
「手が震えているぞ。そんな脅しがきくと思っているのか?」
「脅しではありませんっ! 私に指一本でも触れてみなさい、これであなたを殺します!」
私は強く言い放ち、隙をついて駆けだしました。
御簾をくぐって床の間から逃げようとしましたが背後から腕を掴まれてしまう。
「は、離しなさい!」
「どうした、それで殺すんじゃなかったのか?」
バタンッ!
「ぐっ……」
背中に痛みが走りました。
その場に引き倒されたのです。
拍子で握っていた小太刀を放してしまう。しかも馬乗りに伸し掛かられて強引に押さえつけられました。
「どきなさい! どけと言ってるでしょう!」
「暴れるでない、この遊び女がっ」
「私は遊び女ではありません!」
ガンッ!! 近くにあった燭台で力いっぱい男の頭を殴りつけました。
ぐらりっ……。馬乗りになっていた男の体が傾きます。
その隙に男の下から這い出ましたが、その時、――――キンッ! 耳鳴りがしました。
「これはっ……」
全身から血の気が引いていく。
寝殿から聞こえていた酒宴の賑やかな騒音は消えて、異空間へと放り出された感覚。これは結界……!
「あ、あなた、人ではありませんね……!」
「ようやく気付いたか。伊勢の白拍子よ」
男は低く言うと、傾いていた体がむくりっと起き上がりました。
そして、バキバキッ。ゴキゴキッ。関節と骨がしなる音。男の体がみるみるうちに膨らんでいく。巨大化した男の額には角が生え、耳まで裂けた口からは鋭い牙が覗きました。その姿は鬼。
「貴様が遊び女ではなく本物の白拍子だということは気づいていた。だから犯しに来たんだ。人として大人しく犯されておけばまだ楽しめたものを」
見上げるような巨大な鬼。
鬼は歪んだ笑みを浮かべて私を見下ろします。
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