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幕間・機嫌を取りたければ贈り物をするといい
――――天上界。
それはまだ天妃が天上にいた頃のことである。
天帝である黒緋は鶯を天妃に迎えたが、だからといってなにかが特別に変わったということはない。
黒緋は相変わらず地上へふらりと降り立つし、気に入った女性がいれば後宮に迎えて愛でていたのだ。
「どうした、離寛。そんな顔をして」
うららかな昼下がり。
黒緋は離寛と体術の手合わせをしていた。
手合わせの休憩時間、離寛が珍しくため息をついたのだ。
「……たいした事はないんだが、ちょっと妻を怒らせてな」
「妻? どっちのだ」
「二人目の妻だ。新しく迎えた六人目の妻を構いすぎた」
離寛は天上界の大貴族にして武勇に優れた武将である。まだ正妻はいないが妻を六人ほど迎えていた。
「ハハハッ、それはお前が悪い。妻として迎えたなら全員平等に愛するものだ」
「……新しく迎えたんだ。そりゃしばらく構うだろ」
「気持ちは分からんではないが、それで怒らせては他の妻が可哀想だ」
当然のように言った黒緋に離寛が面白くなさそうな顔をした。
公式の場なら離寛は天帝の黒緋に主従としての態度をとるが、今は手合わせの休憩中だ。黒緋と離寛は古くからの友人として接しあう。
「なにが可哀想だよ。そう言う黒緋はどうなんだ」
「俺か? 俺の妻たちはとくに問題なくすごしているが」
黒緋はそう言うと、「そうだ」と名案を思いつく。
「機嫌を取りたいなら贈り物をするといい」
黒緋は自分の提案に満足気に頷く。
後宮には天妃以外にも数多くの妻が暮らしている。すべての妻を気に入ってはいるが、だからといって毎夜同衾することは不可能である。妻たちに一人寝をさせる夜も少なくないのだ。
そこで黒緋は妻たちに頻繁に贈り物をしているのである。それなりの価値がある物を贈れば当然ながら喜ばれる。その甲斐あってかそれほど揉められたことはない。
贈り物とは合理的で便利なものである。贈り物一つで機嫌が取れるなら、これほど楽なことはない。
離寛も納得したように頷く。
「贈り物か、悪くないな」
「そうだろ。便利だぞ」
「黒緋も贈り物は欠かさないようだからな」
「当然だ。円満な夫婦関係には必要だ」
「そっちじゃない。天妃様のほうだ。新婚だろ、ご機嫌伺いくらいしてるのか?」
離寛がニヤリと笑って言った。
しかし今までと打って変わって黒緋の機嫌は下降する。
黒緋は天妃に贈り物をしたことはなかった。
「……あれは妻ではなく天妃だ。俺が選んで迎えたわけじゃない」
「気持ちは分かるが、たまには贈り物の一つくらいした方がいいんじゃないのか? 天帝が天妃を遠ざけすぎるってのも良くないだろ」
「考えたこともなかったが……」
黒緋は顎に手を当てて考え込む。
黒緋にとって天妃はあくまで天妃である。愛したから迎えたわけではない。天妃として相応しい神気を持っていたから迎えたのだ。
天上に天帝と天妃が揃えば地上に平穏がもたらされるのである。それは地上を愛する黒緋の望むところでもあった。理由はそれだけだ。
だが、迎えたからには天妃として扱わねばならないのも事実。
「……そうだな、お前の言うことにも一理ある」
黒緋はそう言うと、蕾を付けた庭木を見つける。
庭木の枝に手を伸ばし、――――パキリッ。枝を手折った。
そして女官を呼ぶと手折った枝を手渡す。
「これを天妃に渡してくれ。俺からだと」
「畏まりました」
女官は恭しく受け取ると後宮に向かって歩いて行った。
天妃に庭木の枝を渡しに行くのだ。黒緋の贈り物として。
「おいおいおい、本気か? 本気であれが天妃への贈り物なのか?」
「贈れと言ったのはお前だろ」
「そうだけど、もっとちゃんとした物を贈ればいいだろ」
「別になにを贈っても変わらんさ。天妃もさして気に留めないだろう」
黒緋が天妃に興味がないように、天妃も黒緋に興味を持っているとは思えなかったのだ。
あの気位の高い女はなにを考えているか分からないのだ。
こうしてうららかな昼下がりが過ぎていったのだった。
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