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「……なんでしょうか」
「月見に花を添えてほしい。舞を見せてくれないか?」
「……舞ですか?」
「ああ。天地創造の神話を舞ってほしい」
所望されたそれに私は唇を引き結びました。
よりにもよって、今それを望むのですね。
以前ならなにも厭うことなく舞うことができました。でも黒緋が天帝だと知った今、それを厭う気持ちが生まれてしまう。
萌黄という天妃に近い存在を知った今、それを舞わせる黒緋をひどい男だと思ってしまう。
私がふいと視線を落とすと、黒緋が心配そうな顔になりました。
「……嫌なら無理にとは言わないが」
様子をたしかめるように言われて、私は緩く首を横に振りました。
黒緋に望まれて断れるはずがありません。
伏せていた顔を上げて黒緋に微笑を向けます。
「白拍子の舞は天帝に捧げるものです。厭う理由はありません」
「ありがとう。嬉しく思う」
私は小さく頷くと立ち上がりました。
そして月明かりの下、いにしえから伝わる神話を舞います。
神話は物語ではなく真実でした。
天帝が天妃を深く深く愛しているのも真実でした。
私は舞いながら黒緋を流し見ます。
今、目の前にいる黒緋が愛おしい。胸が焦がれるほどに愛おしいのです。
でも、なんて残酷な御方なのでしょうね。
黒緋の舞を見つめる眼差しは切なくなるほど真剣で、舞手である私の向こうにきっと天妃を見ているのでしょう。
そして天妃と神気が似ている萌黄を想っているのでしょう。
天上の天妃を愛し、萌黄を想い、私の舞を見つめている。
心臓がきりきりと締め付けられました。
誰も悪くないのに、醜い言葉を吐いてしまいそうになる。
黒緋の願いが叶うのを素直に喜べない私が悪いのに、心は嵐に見舞われたように荒れていく。
少しでいいのです。ほんの少しでいいのです。
少しでいいから萌黄に向ける眼差しを、想いを、期待を、喜びを、ほんの少しでいいから私にも分けてほしい。そう願うことは罪でしょうか。
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