二人目の赤ちゃん、その名は青藍。

2/9
前へ
/136ページ
次へ
「……なんでしょうか」 「月見に花を添えてほしい。(まい)を見せてくれないか?」 「……(まい)ですか?」 「ああ。天地創造の神話を舞ってほしい」  所望されたそれに私は唇を引き結びました。  よりにもよって、今それを望むのですね。  以前ならなにも(いと)うことなく舞うことができました。でも黒緋が天帝だと知った今、それを(いと)う気持ちが生まれてしまう。  萌黄という天妃に近い存在を知った今、それを舞わせる黒緋をひどい男だと思ってしまう。  私がふいと視線を落とすと、黒緋が心配そうな顔になりました。 「……嫌なら無理にとは言わないが」  様子をたしかめるように言われて、私は(ゆる)く首を横に振りました。  黒緋に望まれて断れるはずがありません。  ()せていた顔を上げて黒緋に微笑を向けます。 「白拍子の舞は天帝に捧げるものです。(いと)う理由はありません」 「ありがとう。嬉しく思う」  私は小さく頷くと立ち上がりました。  そして月明かりの下、いにしえから伝わる神話を舞います。  神話は物語ではなく真実でした。  天帝が天妃を深く深く愛しているのも真実でした。  私は舞いながら黒緋を流し見ます。  今、目の前にいる黒緋が愛おしい。胸が()がれるほどに愛おしいのです。  でも、なんて残酷な御方(おかた)なのでしょうね。  黒緋の舞を見つめる眼差しは切なくなるほど真剣で、舞手である私の向こうにきっと天妃を見ているのでしょう。  そして天妃と神気が似ている萌黄を想っているのでしょう。  天上の天妃を愛し、萌黄を想い、私の舞を見つめている。  心臓がきりきりと締め付けられました。  誰も悪くないのに、(みにく)い言葉を()いてしまいそうになる。  黒緋の願いが叶うのを素直に喜べない私が悪いのに、心は嵐に見舞われたように荒れていく。  少しでいいのです。ほんの少しでいいのです。  少しでいいから萌黄に向ける眼差しを、想いを、期待を、喜びを、ほんの少しでいいから私にも分けてほしい。そう願うことは罪でしょうか。
/136ページ

最初のコメントを投稿しよう!

241人が本棚に入れています
本棚に追加