さようなら、私の愛しい御方。どうかおげんきで。

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 翌日の朝。  黒緋と紫紺と青藍と萌黄と私で朝餉(あさげ)の時間を迎えていました。  でも私は青藍のお世話ばかりをしています。自分の食事を進める気にならなかったのです。  昨夜の庭園で見た光景が目に焼き付いていて、聞こえた声が忘れられなくて、なにも(のど)を通らなかったのです。  昨夜は一睡(いっすい)もできなくて、気を抜けば表情すら()(つくろ)うことができなくなってしまう。  本当は黒緋や萌黄と食事を囲むことすら心は拒否していました。今は二人を見たくなかったのです。 「鶯、どうしたの? 食べてないみたいだけど」  萌黄が心配そうに声をかけてきました。  顔を覗きこまれて、さり気なく顔を()らしてしまう。 「……なにもありませんよ。青藍はまだ小さいですから食べさせてあげないと」  私は忙しいのですよ。  青藍はまだ小さいのでお世話してあげないと。ほら小さな口に米粒(こめつぶ)がついています。 「ほら青藍、口元に米粒(こめつぶ)がついていますよ」 「あぶっ」 「綺麗になりました。青藍、あーんしてください」 「あー」 「上手ですね。もぐもぐです」 「あむあむ」  青藍が小さな口をもぐもぐさせて、柔らかく煮込んだ(かゆ)をあむあむ食べます。上手に食べられてえらいですよ。  青藍を見守りながら紫紺に声をかけます。 「紫紺、焼き魚をこちらに。小骨を取り残していないか見てあげます」 「ははうえ、ありがとう!」 「たくさん食べてくださいね」  私は紫紺の魚に小骨が残っていないか確認してあげます。  御膳(おぜん)に並べる前に骨は取っていますが、もし残っていたら大変です。私は忙しいのです。自分の食事も取れないほど忙しいのですよ。だから私のことは気にしないでいいのです。  こうして誰も私を気にしないように忙しくしていました。  でもそんな中、黒緋が改まった様子で口を開きます。 「突然で悪いが、お前たちに話しておきたいことがある」  突然のそれに紫紺がきょとんとして食事の手を止めました。  でも萌黄だけは緊張した顔になります。  その萌黄の僅かな変化に気づいてしまって、嫌な予感を覚えてしまう。  しかし表情には出しません。私も青藍の世話を止めて黒緋に向き直りました。 「ちちうえ、はなしってなんだ」  紫紺が不思議そうに聞きました。  黒緋は頷いて真剣な顔になります。 「天帝の俺がどうして地上に降りたか知っているな」 「うん、てんひをさがしてるんだろ?」 「そうだ。天妃は天上から落ちて四凶を封じた。俺は地上に落ちた天妃をずっと探していた」  黒緋はそこで言葉を切ると、萌黄を見つめました。そして。 「俺は萌黄を天妃として迎えようと思う」  紡がれた言葉。  私はみるみる強張っていく顔を(うつむ)いて隠す。  でも隠すもなにも今は誰も気づきません。黒緋が告げた言葉に紫紺は驚き、萌黄は顔を赤くしてしまったから。  紫紺はびっくりした顔で萌黄を見ます。 「もえぎがてんひだったのか!?」 「わ、私が天妃なんて信じられないよねっ。私も信じられなくて……っ」  萌黄は半信半疑(はんしんはんぎ)な様子でした。  でも萌黄は斎王です。天帝に仕えることを役目とした立場です。天帝に迎えたいと()われれば、それを断るなんてできないのです。 「そっか。それじゃあ、もえぎはちちうえのてんひになるんだな」 「う、うん……」  躊躇(ためら)いつつも萌黄が頷きました。  そんな萌黄に黒緋は優しく目を細め、次に私を見つめます。
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