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その晩、私は萌黄の寝床を整えていました。
白い夜着を着た萌黄は緊張した面持ちで鏡台の前に座っています。
それを視界の端に映しながら黙々と布団を敷きます。
……私はいったい何をしているんでしょうね。頭の片隅で思ってしまう。
何も考えたくないのに、白い敷布団を整えながら視界が滲んでくる。
今夜、この寝床に黒緋が訪れます。
三日夜餅の一夜目。ここで黒緋と萌黄は肌を重ねます。
この夜這いは三夜続き、三夜目に二人の婚姻が成立するのです。
今、私はその契りを交わす場所を整えていました。
じわりと浮かんだ涙を慌てて拭い、唇を引き結んで黙々と寝床を整えます。
泣いたりしたくありません。それは意味のない意地だと分かっています。でもこれ以上惨めな思いをしたくありませんでした。
だから今は平静を装って淡々と、ただ淡々と手を動かし続けました。
「萌黄、寝床が整いましたよ」
鏡を見つめている萌黄の背中に声をかけました。
萌黄はびくりっと肩を跳ねさせ、緊張した面持ちで振り返ります。
でも振り返ったその顔は青褪めていて、私は驚いてしまう。
「だ、大丈夫ですか? 体の調子が悪いんですか?」
「う、ううん、大丈夫……。その、ちょっと緊張して……」
そう答えた声は微かに震えていました。
緊張のなかに怯えが見えます。
無理もないことでした。萌黄は斎王になった時から山奥の斎宮で暮らしています。そこは外界と隔絶されていて殿方の夜這いなど無縁の場所なのです。私も処女ではありますが、萌黄はそういったことから厳重に距離を置かれていたので知識も乏しいのでしょう。そんな萌黄が殿方と肌を重ねることを不安に思わないはずありません。
私は怯える萌黄に優しく笑いかけました。
「……怖がらなくても大丈夫ですよ。天帝はずっと天妃を探していたんです。優しくしてくださいます」
こんなこと本当は言いたくありません。
でも、でも萌黄は私のたった一人の可愛い妹なのです。
幼い頃はいつも私の後ろに隠れているような子でした。私が守ってあげなければいけません。
こうして子どもの時のように励ました私を、萌黄は困惑した顔で見つめ返してきました。
「鶯……」
萌黄がなにかを言いかけて、……俯く。
またなにか言いたげに口を開きかけて、また閉じてしまう。
でも少ししておずおずと私を見つめ、躊躇いながらも口を開きます。
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