さようなら、私の愛しい御方。どうかおげんきで。

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「……鶯はほんとうに……いいの?」  その言葉に私の顔が強張(こわば)りました。  でもすぐに平静を(よそお)い、いつもと同じ口調で聞き返します。 「なんのことです?」 「……とぼけないで。紫紺様と青藍様は天帝と鶯の子どもだよね。それって、……鶯は天帝が好きだから作ったんじゃないの?」 「バ、バカなこと言わないでくださいっ。私は黒緋様と取り引きして子どもを作ったんですっ。天妃探しに協力しただけですよ!」  強い口調で言い返しました。  嘘です。最初は取り引きのつもりだったけれど、そんな理由はすぐに変わってしまいました。私は黒緋の側にいるために子どもを望んだのですから。  でもそれは言いたくありませんでした。せめてもの意地です。 「鶯、それは本当なの? それでいいの?」 「それ以外になんの理由があるというのです」  私は萌黄を(にら)むように見つめます。  お願いだから、これ以上私を(みじ)めにしないでください。お願いだから。  それなのに萌黄は続けてしまう。 「天帝は私といる時、鶯の話をよくするの。とても楽しそうに鶯のことを話してくださるの」 「っ、やめてください!!」  思わず大きな声をあげました。  突然のそれに萌黄がびっくりして目を丸めます。  そんな萌黄に胸がチクリと痛んだけれど、(たかぶ)ったまま続けてしまう。 「あなたは天妃です! 黒緋様があなたを天妃だと言ったんです! それが真実でしょう、だからっ」  それ以上は、と私は唇を噛みしめる。  これ以上は()えられませんでした。  どんなに耳に心地よくても、心を(なぐさ)めるものでも、結局私を(みじ)めにするだけの言葉なのです。  萌黄に悪意はないと分かっています。私が勝手に傷ついているだけだと分かっています。でも今は、今だけは許してほしい。 「……怒鳴ってごめんなさい。失礼しました」  私は床の間から飛び出しました。  逃げるように立ち去る私に萌黄が「鶯!」と呼び止めます。  でも振り返りません。  萌黄を振り切って渡殿を小走りで駆けます。  (うつむ)いて自分の足だけを見つめ、誰にも会わないようにしながら自分の部屋に戻りました。  寝床に(もぐ)り込んでぎゅっと目を閉じ、耳を(ふさ)ぐ。  もうなにも見たくない。聞きたくない。考えたくない。  今夜あの寝床で行なわれる黒緋と萌黄の(ちぎ)り。  想像するだけで全身が震えて()()すらこみあげる。  (みにく)い感情が渦巻(うずま)いて、胸を()きむしりたくなる。  頭が()れそうなほど痛い。  私は唇を強く噛みしめました。  血が(にじ)むほど噛みしめ、漏れそうになる嗚咽を朝まで耐えました。
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