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0.終わりの始まり(マエル)
『大事な話があるから、至急来てくれないか』
陽も沈みかけた夕方。
前触なく電話で呼び出された私は、理由も明かされないまま、取り急ぎポグバ子爵家へと向かった。
到着して間もなく使用人に応接間へと案内される。
応接間には、重厚なローテーブルを挟んで向き合う黒皮のソファがあり、婚約者のキリアンと彼のご両親が、妙に深刻な顔をして座っていた。
「し、失礼します……」
「遅かったな。そこに座れよ」
どう見ても穏やかでない空気が漂う中、サラリとした金髪を掻き上げるキリアンに着席を促された私は、怯えながらも3人の対面へと腰を下ろした。
「大事な話とは、何でしょうか……?」
そう尋ねても、ただ重苦しい沈黙だけが流れる。そこへ、口火を切ったのはキリアンだった。
「マエル……これは一体、どういうことだ」
彼が懐から取り出した写真を、投げ捨てるようにテーブルの上へパサッと置く。
そこには、私が“スーツ姿の男性とホテル前で抱き合ってるような風景”が写っていた。
「……え?」
目を疑った私は、咄嗟に手で口を覆った。
剣呑な表情を浮かべるキリアンが嘆息しつつ、ソファに背を預ける。その隣で肩を並べるご両親も、冷ややかな視線を私に向けていた。
「まさかマエルが“浮気していた”とは、想像すらしてなかったよ」
「う、浮気……?」
突如キリアンから放たれた『浮気』という衝撃的な言葉に、心臓を槍で貫かれたような痛みが押し寄せてくる。バクンッバクンッと、動悸もかなり酷い。
ど、どうしてこんなことに……。
確かに、写真に写っているのは間違いなく私。でも、決して浮気なんてしていた訳じゃない。
これは、単に“人助け”をしていた場面なのだから――。
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