1 叶愛と僕

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「記憶と体は戻りますか」 「脳は未知の世界だから可能性は捨てない。ただこの二年、薬も電気刺激もリハビリも効果がなかった」 「先生は正直ですね。明日には私は忘れるから、私の機嫌がよくなるウソをついたらどうです?」 「君は毎晩ノートに僕との会話や治療を書いているよ。ウソをつかなくても君はリハビリに手を抜かないし」 「だってきょうの私には全部初体験だから。どんなリハビリするかワクワクします。それより二年も成果が出ないのに全部覚えていて、投げ出さない先生は変わり者ですね」  叶愛は、屈託なく笑う。 「叶愛ちゃん、体調よさそうですよぉ。天気もいいし、先生も一緒に散歩されてはいかがですかぁ」  病棟で一番若い看護師、桜井さんだ。いつも上品なメイク、語尾を伸ばす軽い口調で話す。  最初は不安に思ったが、苦言する先輩に「私のメイクは患者さんに元気をあげるためですぅ。コスメは天然素材、非動物実験で作ったアレルギーフリーの素材だけですぅ」としっかり反論していて見直した。お年寄りに優しくおばあちゃん向けの化粧教室も開いて、院内の評判がすこぶるいい。  女性寮に住む彼女は叶愛が目覚めると、朝一番の説明をする。事故で記憶が定着しないこと。足が動かないこと。そのため病棟で生活しリハビリしていること。大事なことはノートに書き溜めていること……。  叶愛は救いのない自分の状況に毎朝傷つくが、立ち直りも早い。お陰で僕が回診する時、吐愛は自分の境遇を理解している。ノートに僕の顔写真を貼っていて、簡単な自己紹介で会話が始められるのだ。
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