7人が本棚に入れています
本棚に追加
「私は叶愛ちゃんが毎日、新しい一日を始めるお手伝いだけですからぁ。回復させようと真剣な先生にはかないませんねぇ」
桜井さんは笑うが、一番大変な仕事は彼女だと僕は思う。
叶愛の症状は固定し、医師ができることはほぼない。叶愛の両親は高齢で施設にいて、叶愛は退院もできない。
だが記憶と足の障害を除けば、叶愛は手のかからない患者だった。桜井さんの提案で毎晩「きょうも一日しっかり生きる!」という明日の自分への伝言を書き、それを読むと「よし、がんばる」と気合が入るそうだ。
「君ががんばる以上、僕があきらめるわけにいかないよ」
「先生、マジメだなー。仕方ない、先生に免じて叶愛もつきあいますか」
いつも茶化しながら車いすでリハビリルームに入る。だが訓練が始まると表情が引き締まる。(動け、動け)と、口で念じている。
だけど、動かない。大汗をかきひざに伏した後、顔を上げて「先生、病院にサウナないの?」と、また笑う。
僕はこの二年間、叶愛を回復させるために世界中の文献をあさり、薬や治療法を探した。
出口は見えない。でも叶愛は、あきらめることを知らない。
いつも一生懸命、毎日を明るく過ごす。そんな叶愛がいることが、僕がこの病院に長く居たい理由だった。
最初のコメントを投稿しよう!