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3 初めての涙
その秋の日、叶愛は日課の体育館に行かなかった。理由はノートに書いてある。高校時代の友人が事故後、初めて見舞いに来た。
「久しぶりだねー、とあちん! 元気そうじゃなー」
「わあ、万梨阿ちゃん! みんなもよく来てくれた」
「これ……お花」
「ありがと、カナちゃん。めっちゃうれしい」
女性四人、男性二人、部活仲間と同級生という。ひとしきり再会を喜び合った後、花を渡した女性がおずおずと切り出した。
「その……足が動かなくて、記憶もできないって聞いたけど……押しかけてよかったかな」
「全然! 気遣いなんていらないよ。車いすで動けるし、覚えられないのは近いことだけ、高校はバッチリ覚えてる。みんな大学行ってるの?」
叶愛は普通の女子大生のように笑顔で話していた。それで遠慮気味だった男子も加わり、話が盛り上がっていく。
「涼介さー、大学でカナに告白して。二人つきあってんよ」
「えーマジ? あれ、カナちゃんって高校じゃ橋本君と……」
「あっ、とあちんダメその話!」
「えっ?! 橋本って野球部の……?」
「涼介、今の聞かなかったことにして! ほらカナ落ち込んじゃった!」
他愛のない話が予測不能に転がっていく。叶愛はその中心にいて、高校でも人気者だったんだとわかった。
だけど緊張が解けてみんなが同窓会のように大学生活を話し始めると、叶愛が少しずつ会話から距離を置き始めた。貼り付けた笑顔は変わらないが、桜井さんがリンゴをむいてみんなにふるまう間に、そっとため息をついた。
山の晩秋の陽は、三時を過ぎると傾き始める。
「あ、もうこんな時間か。あたし、そろそろバイトだわ」
「じゃあ、僕らも引き揚げるか。園田、病室で騒いで悪かったね」
「ううん、私も楽しかった。また遊びに来て。あ、ちなみにきょうみんなが話したことは私全部忘れるから。またイチから説明してねー」
おどけた叶愛に、みんなが一瞬だけ固まる。
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