1 叶愛と僕

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1 叶愛と僕

 山形市の南、蔵王がよく見える丘陵地の中腹に僕が勤める温泉病院がある。  脳神経内科医の僕は大学から派遣され、敷地内の独身寮に住む。窓から見える晩秋の地蔵山頂は冠雪、標高が下がると常緑の杉と紅葉、黄葉が入り混じり、一年で一番美しい秋の色彩を描く。  入院患者は、脳疾患などで体が不自由なお年寄りが大半だ。急性期は過ぎていてリハビリと温泉治療が中心、回診はバイタルチェックと問診、投薬程度で、元気な患者さんと雑談する時間が長い。「こんな温い現場でいいのか」と同期生には驚かれるが、僕にはこういう医療が肌に合うと感じていた。    午前中に病棟をひと回りし、最後に訪れる個室病室がある。いつものようにベッドに上体を起こし、窓から山を見つめる若い女性がいた。  僕の担当患者で、出会ってもうすぐ二年になる。園田叶愛(とあ)だ。 「叶愛ちゃん。調子はどうだい?」  彼女は僕の声に、少しだけ目を見開いて頬を染めた。 「あなたが相馬先生?」 「うん。君の担当医だ。よろしく」 「そうですか。よろしくお願いしますね、先生」  毎日繰り返す会話を、きょうも繰り返す。  叶愛は三年前、高校三年でひどい事故に遭った。散歩中の愛犬が道路に飛び出し、犬は渡り切ったが自分が背中と頭を強打し、両足が動かなくなった。  足以上の生活上の難問は記憶障害だ。事故前のことは覚えているが、短期記憶が定着しない。ひと晩寝ると清々しいほど忘れてしまう。
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