初めて会う王子様に執拗に追い回されています! 

5/5
11人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
 ついに恐れた日がやって来た。  お見合いの顔合わせにどこかの子爵の息子が家まで来るという。 「初めまして――」  丁寧に挨拶する男性は少し年上のように見えたが、外見は合格。向こうからしたらこちらが不合格かもしれないが、とパンゼロッタは心の中で苦笑する。  顔合わせは無難に乗り越えてお見送りをするため外に出るが、気がついたことがある。彼はかなりできた青年だった。経営学や経済学にも詳しく、その他の知識も豊富で話も上手い。これを逃してはだぶんもう……パンゼロッタの潤った瞳がキラリと光った。  * 「パンゼロッタ、お客様よ」  母はいつも以上にニコニコしていたが、一日に連続で来客など珍しいこともあったもんだと驚いて、部屋の外を見る。  するとどうだろう。あろうことか第二王子ロアール殿下が立っていた。 「えっ!嘘でしょう」 「久しぶりだものねぇ、家に来るのは」  天然な母親がへんてこなことを言い出すので、反論の声を上げるタイミングを失った。  久しぶりもへったくれもあるものか。第二王子が家に来るのは今日が初めてだ。そう何度もあってはたまったものではない。今まで来たことがあったのなら、それはそれで恐ろしすぎる。 「すぐにお茶をお持ちしますね」  母親はドアを開けたまま部屋を出て行く。ドアの外には殿下の従者がいたが、特に部屋の中を注視するような様子はない。 「きょ、今日は一体何の御用でしょうか」 「お見合いだったんだろう?」 「よくご存知で」 「ミーノは素晴らしい友人だな」  あんの裏切り者めぇ、お見合い話だけでなく家の場所まで教えるなんて!と心の中で叫ぶが、後の祭りである。 「……私がお見合いだと、何かあるのでしょうか」 「大いにある」 「はあ、何でしょう」 「お見合いを邪魔しに来たのにもう終わってるなんて、どんな相手だったか見ることもできなかった」  殿下は子どものように頬を膨らませていた。 「知りたいのですか?」  軽い気持ちで殿下に尋ねる。 「知りたい」 「ショックを受けることになっても?」 「知らない方が嫌だからな」 「そうですか。わかりました。では発表します」 「ふむ」 「実は……これを逃したらヤバいってくらい素敵な人でした」  ロアールは衝撃のあまり、パンゼロッタを睨んだまま固まった。無論、パンゼロッタはなぜ睨まれているのかわからない。  怖すぎる。殿下が見た目のわりに怖い人でないことを知っていたとしても。 「それは……上手くいきそうだということだな?」  王子の睨む目にはなぜかうっすらと涙が浮かんでいた。 「あー、いえっ、もう振られました」  気まずそうに笑うパンゼロッタ。 「……ん?」 「破断です。私が経営学が好きで商売が好きで、それは喜んでいただいたのですが、社交を好まないと言ったら破断になりました。夜のパーティーとかにじゃんじゃん出て顔を売って、商売につなげてほしいらしいんです。なるほど、と思いましたね」  パンゼロッタは感心しながらうなづく。 「顔は広い方が商売につながりますよね?反省しました。学があればいいというものでもないですね」  パンゼロッタにしては珍しく、ずいぶん落ち込んでいるようだった。幼いころのいじめを乗り越えて以降はいつも前向きな彼女だった。 「交渉も苦手ではないんですけど、夜会のことを言われてしまうと反論できず。ダンスも苦手ですし、確かに顔を売るチャンスの逃していましたよね」  話せば話すほどに自分の無能さに嫌気がさす。勉強すればいいというものではなかったのだ。実用できなければ意味がない。パンゼロッタは大きなため息をついた。 「……サーラス、少しの間扉を閉めてくれないか」  ドアの外で待つ従者に声をかけるロアール殿下。サーラスは会釈をしてから、迷うことなく扉を閉めた。 「え、え、何ですか?密室?(怖い)」 「そなたが落ち込んでいるようだから、少しおもしろいものを見せてやろうと思ってな」  ロアール殿下が右手の人差し指をひょいっと指揮棒のように振るった。するとどうだろう。  急にピアノの伴奏が聞こえ始める。さらに、どこからともなくヴァイオリン、フルート、トランペットのような音色まで聞こえ、ついには打楽器やハープの音まで重なった。 「え、これって……」  パンゼロッタは幼いころの記憶を蘇らせた。  成り上がり男爵の娘、成金の娘だと言われて毎日のようにいじめられていたあのころ。唯一の安らぎは、家に帰ってあの女の子と話すこと。さらにその女の子が奏でてくれる名曲たちだった。  そういえば、あの女の子はどうやって奏でてくれたのだっけ?名前は何と言ったのだっけ? 「ろ、ロアちゃん?」 「……ああ、ようやく思い出したか」 「え、でも、あれは女の子で……殿下にロアという妹殿下がいらっしゃるのですか?」  ロアール殿下は思い切り眉をひそめる。 「あれはオレだ」 「は?殿下??殿下は……女の子だったのですか?」  吹き出すロアール。 「今も昔も男だ」  パンゼロッタはぽかんと口を開ける。 「殿下?あれが?あのかわいらしい女の子が?」 「そう、オレ。男だけどな」  ロアールは鋭い目を弓なりにして、くしゃっと笑ってみせた。 「え、でもそれじゃあ、なぜ我が家によくいらっしゃっていたのですか?」 「オレもグレてたんだ」 「は?」 「兄貴の魔力は災害予知だろう?それに比べてオレの能力はこんなちっぽけなものだ」  そう言って指を振った瞬間、トランペットの音が高鳴る。 「だが、これをパンゼはすごく喜んでくれた。素晴らしい力だと。私に勇気をくれる、がんばれると。だからそのおかげでオレも自分の力を好きになれた。誰かを勇気づけられる力なら捨てたもんじゃないなと。国民に公表はしないが、こうやって国中に音楽を流してみなを癒やしてやりたい」  微笑む殿下は、普段放つ冷たい空気とはかけ離れた温かさがあった。 「全てパンゼのおかげなんだ。だから学園で再会するのを心待ちにしていた。お前はオレのことなど忘れていたけどな」 「そんなことありません。ロアちゃんのことは一度たりとも忘れたことはありませんでした。ただ、あまりにあのころと違っていたので……」  パンゼロッタは急に恥ずかしくなり、頬を赤らめる。 「ではもう一度考え直してはくれないか。オレは顔も悪くないし、王子教育で、経営学、政治、軍事など知識はそれなりにある。剣の腕も立つし、こうやってそなたを癒やすこともできる。パンゼが経営に興味があるのはおおいにけっこう、好きに商売してくれ。社交も無理せず徐々に始められるぞ?顔が広くなる。ダンスだってオレと練習すれば上手くなる。あ、だが他の男とは踊るなよ?腹が立つからな。どうだ、優良物件だろう?お見合いしてみないか」  にっと笑うロアール殿下は、すでに勝ち誇った顔をパンゼに向けている。それはそうだろう。こんな優良物件が今後現れるはずもない。  パンゼロッタはムッとしかめ面のまま、頭の中で素早く計算をした。そして笑顔で答える。 「では、お見合いからで!」 (了)
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!