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ふと夢に見た。いじめられていたとき、慰めてくれた女の子は、たくさんの曲を奏でてくれた。ピアノだったり、フルートだったり、バイオリンだったり。それはそれは美しく荘厳で、いつも私を楽しませてくれ、夢のようなひとときだった。
パンゼロッタはうたた寝していたのか、目覚めるとベッドの上ではなくソファーの上に横たわっていた。生粋の貴族の娘たちに見られたら、行儀が悪いことだと卒倒されるだろう。
「あの子が全部演奏してくれたんだっけ……」
昔のことでよく思い出せなかった。年下で長く美しい銀髪、エメラルドのような瞳をしていたような気がする。名前は何だっただろうか。確か……
*
「政略結婚させられそうなんだ」
ロアール殿下は深いため息をついているが、そんなことはこの世に生を賜ったときからわかっていたことだろう。今まで婚約者もいなかったのだろうかと、パンゼロッタとミーノは不思議そうに顔を見合わせた。
「これまで婚約者もいなかったのですか?殿下は王族なのですから政略結婚なんて当然のことですよ。私みたいな成金令嬢でさえ、見合い話が絶えないんですから」
「そ、そうなのか?」
いつもの切れ長の目はどこへやら、飛び出しそうなほど丸い瞳をパンゼロッタに向けた。丸くなると碧眼が一層眩しい光を放つ。
「私ですら婚約者がいるんですよ?パンゼロッタももうすぐです」
ミーノが殿下を傷つけないよう優しく微笑む。
「ミーノもなのか。パンゼは婚約者がまだいないのだな?」
「おりません。見合い話のみです。単なるお金目当てが多いので、たいていお父様がお断りするんです。それなりの理由があるか、お金目当てじゃない殿方だけを選別してくれているようです」
殿下はうんうんとうなづいた。
「いい人もいないのだな?」
「ええ。頭の悪そうなやつらはこっちから願い下げなので、なかなかいい人など現れません。男爵家をさらに繁栄させてくれる殿方でなくてはなりませんからね」
パンゼロッタは馬のように鼻を鳴らした。長女としての責任を果たそうとしているようだが、三番目の末っ子に弟が生まれていた。しかし、男の子が生まれたからと手を抜く性格でもない。
「外見は気にしないの?」
ミーノの問いかけにすらすら答える。
「気にしないことはないわ。商売をするには、好感度の高い外見の方が交渉に有利でしょう?だから経営術や交渉術の次くらいには大切だと思うの」
完全に商売の話しかしないので、ミーノもロアールも苦笑いを浮かべている。
「それに、跡継ぎが弟であろうがなかろうが生きていかなくてはならない。せっかくある資産も減らしたくはないし、どんなに最悪でも現状維持に留めたい。結婚も政略的なものであってもかまわないから、そこを理解してくれる人でなくては。外見よりもそれが絶対条件ね」
どこまでも商売気質のパンゼロッタを見て、殿下は何を思ったのだろうか。満たされた顔をしていた。
「オレは経営学含めあらゆる学問を学んでいる。外見も悪くはないだろ?好感度は低いかもしれないが」
「はぁ……」
「な?」
「はい、だから何ですか?」
「お見合い相手にちょうどいいではないか」
パンゼロッタは石のように固まる。
「ご、ご冗談を!殿下は第二王子ですよ?夜会とかお茶会とかわけのわからないものに出席しないといけない人生はごめんです。ダンスは一番苦手な分野ですし」
ミーノが声を上げて笑い始めた。
「確かに!あれはひどいわね」
「でしょう?ダンスは一番苦手なの」
「それなら大丈夫。オレはダンスが苦手ではない。婚約したらオレとだけ踊ればいいし、誘われても断っていい。お茶会は面倒だろうが、どうしても出てほしいものだけ言うから、後は断っていいぞ」
あまりに真面目な顔なので、パンゼロッタはぶるっと震え怪訝な表情で答えた。
「お止めて下さい。殿下とお見合いするくらいなら家出します。どうせいずれはその予定ですし、さっさと出ちゃいます」
ロアールは納得いかないといった曇った顔をしていたが、それ以上何も言わなかった。
一方ミーノは、ずっとにやにやしながら二人を見つめていた。
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