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目が覚めたら、最悪の気分……。 どうやら私はヤケ酒でストロングの酎ハイを何本も飲んだらしく、ローテーブルや床に空き缶が転がっている。 まるで、アルコール依存症の人の部屋みたい。 我ながらやばいわ、と思いつつ気分を変えようとシャワーを浴び、着替えを取り出す為に、作り付けのクローゼットを開ける。 服を着るだけのはずなのに、身体のどこかにまだ酔いが残ってたらしい。 手が上手く動かなかった私は、貴重品入れを盛大にひっくり返してしまったのだ。……マジ最悪。 仕方なく床に散らばる物を拾うため屈むと、そこには古ぼけた銀色の指輪が一つ転がっていた。 ……違う。これ……古ぼけてるんじゃない。焼け焦げてるんだ……。 サイズは明らかに私のより大きいから、自分のものじゃない。 ……恐る恐る刻印を確認すると、11.22という数字。 そして刻まれたアルファベットは to Y from Sとなっている。 私の左手薬指にある指輪とは逆だ。 つまり……この焼け焦げた指輪は、夫である真司のもの。 ……アイツの指輪。本人が外してわざわざここに置いていった? でも……焼け焦げてる意味は? そして……私がのは……いつ? その途端、目の前が白く弾ける。 蓋をした筈の記憶の奔流。 『雪乃。俺やっと帰れそうだよ。そろそろ本社で設計の仕事をさせようって話らしい。先輩達も忙しいみたいだしさ。ま、大分スキルアップできたしね』 何度目かの結婚記念日。外食はせずに二人でお鍋をつついた。 私は缶チューハイ。真司はビールを飲んで。 『何それ。スキルアップしたとか自分で思ってるだけじゃん? でもお役御免ならよかったね』 口ではそんな言い方してたけど、本当はすごく嬉しかったのだ。 だって私は、この人と一緒に暮らす為に結婚したんだもの。 『いや〜。真面目にもう疲れたよ。それにやっぱ一人だと退屈だわ』 『確かにそうだよね。バラエティ番組見てても、突っ込み聞いてくれる人いないとつまんないもん』 『それな。一人の部屋に響く笑い声。あ、なんか虚しいって』 『一人暮らし向いてる人もいるんだろうけど、うちらは無理だよね。話し相手いないとさ』 彼は私の夫であり、親友だった。 この世で一番信頼し、大切に思う人だった。 『そうそう。ていうか俺すごい節約して、出張手当貯めたんだぞ。九月あたりにまたタイ行っちゃう? 旅費は奢ってやろう』 『マジですか、旦那様! 超愛してる!』 『こんな時ばっか、そんな事言って。ま、騙されてあげましょう。愛する奥様』 ──── ────── ──────── 警察から事故の連絡を受けたのは、その翌日の昼だった。 夜中に単身赴任先に戻り、翌朝出勤した彼は途中で事故に遭ったのだ、と。 そこから先の事なんか、何一つ覚えてない。 唯一覚えてるのは、震える手で私に焼け残った指輪を渡してくれた、義理の姉の姿だけ。 『雪乃ちゃん、ごめんね。火葬する前に外せばよかったよね。私達も気が回らなくて……。こんな風になっちゃったけど、これはあなたに持っていて欲しい。真司はね、あなたがお嫁さんで本当に幸せだったと思うから』 ……嘘つき。 義姉から指輪を手渡された瞬間、そう思った。 もうすぐ帰って来るって。 来年はタイに行こうって。 本社に戻ったら……そろそろ子供を作ろうよって言ったじゃん。 二人とも地方出身だから、親には頼れないけど、どうにか頑張ろう。 家族が増えたら、ここも引っ越さなきゃな。 あと少しで単身赴任が終わるから待っててよ、ってアンタが言ったんじゃん! ひどいよ。私、明日からどうしたらいいの? 何を支えに生きたらいいの? 帰ってきてよ……。 私のところに……帰ってきてよぉ……。 どこからか嗚咽が聞こえる。 それは……自分自身の口から漏れたものだった。
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