オレのお兄ちゃん

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オレのお兄ちゃん

 オレのお兄ちゃんは、オレが朝起きるともうすでにどこかへ行ってしまっている。  オレのお兄ちゃんは夜遅くまで待っていても、全然帰ってこない。この前なんか寒くて寒くて凍りつきそうだったもん。そうそう、ここは雪山にある家。だからだよ。  そしてたまに女の人を連れて来ることがある。この前なんかサキュバスを連れて来て大変なことになった。まぁ、オレからしたら、誰でも大変なんだけど。  お兄ちゃんはいつも「ムジナ、連れて来たぞ」とか言ってオレに紹介する。どうせ『俺の魅力に惚れた女がまた釣れたぜ』とか自慢したいのだろう。しかし、あえて言わなかった。……いや、そうでも思っていないと、気がおかしくなってしまいそうだから。本当は、そんなこと思ってない。  いつもいないお兄ちゃんが珍しく優しくしてくれる時がある。それは風邪を引いた時だ。 ベッドに力なく横たわるオレに「大丈夫か?何か食べたいものはないか?」と聞いてくる。そういうときはいつも「お兄ちゃんが作ってくれるものなら何でもいいよ」と答える。するとお兄ちゃんは嬉しそうに「じゃあシチューでも作ってくるかな」と言って立ち去る。その一連の行動は、オレにとって一番嬉しい時間だ。  いつもどこかへ行く兄を持つオレにはそれぐらいが丁度よかった。  ある日、友人のヘラが来た。彼には姉のメノイさんがいる。お兄ちゃんが連れて来たサキュバスとはまた違うタイプのサキュバスだ。  女がサキュバスなら、男はインキュバス。それにヘラが当てはまっている。 彼は他のインキュバスのようにナルシストではなく、いつも露出度の低い服を着ている。  オレは一度彼の家に行ったことがある。意外と言っては失礼かもしれないが、本だらけだった。しかも難しそうな本もたくさんあった。……哲学って言うのだっけ? 絶対読みたくない。  彼はさまざまな本を読んでいる。服より断然本の数が多いんだ。 大きなアホ毛が特徴の赤髪で、赤いコート。胸のあたりには黄色い細いリボンがあり、緑のカーゴパンツに黒のスニーカーだ。遠くから見たら赤い塊にしか見えない。 「ムジナ!今日も留守番か?」 「ヘラ!そうだよ、いらっしゃい!」  一人では寂しいので、二階にヘラの部屋を作ってもらった。  二人暮らしでは大きな家のスペースが余るというのでテレポートなどを使い、ヘラの家から有り余る本たちを呼び寄せ、本棚を設置した。オレとヘラのスペースをガラスで区切り、こっちの方は花が四本ほどあるだけだ。ヘラはその本たちに囲まれている。  オレたち二人はいつもそこで遊び、夕方にはヘラは必ず帰っていった。  ある日、ヘラがニヤニヤした顔でオレに話しかけてきた。 「いつも一人でさみしいだろ?」 「さみしいに決まってんじゃん」  そう答えると、ヘラはニヤニヤと笑った。オレが何だよ!と言う前に、彼は後ろ手で隠したものをオレの前に差し出した。 「ふふーん!じゃーん、見て!人形作ったんだ!!」  出したのはクマという生き物の人形だ。確かヘラの本に載ってたっけ。 「すごーい!」 「ムジナにあげるね」  そう言ってオレの手に握らせる。 「いいの?」 「うん。もう一個あるからお揃いだよ」  裁縫の本でも読んでいたのか、とてもうまく縫えていた。ヘラのオカンっぽさはこの時点で確定していたのだろう。  夕方になり、一人になったムジナは人形を見ながら呟いた。 「本かぁ……でもやっぱりお花が好きだな」  植木鉢の花を愛おしそうに撫でる。  昔、お兄ちゃんに貰ったものだが、当時と変わらない姿を保っている。どうしてなのか?  それはムジナとヘッジの種族、死神の能力が関係している。物言わぬ花なのだからどれだけ延命しても差し支えないだろうと思い、花にとっての『死』が訪れないようにしているのだ。  今日はヘラと遊んだので少しだけ寂しいのを忘れられた。もう日は暮れ、月が顔を出し、星がちらほら見えてきている。  あの星たちは死神たちが人間たちの魂を狩ってあんな姿にしたのだと思うと、少し背筋が凍る思いと罪悪感が襲いかかってくる。しかしそれが『死神』の仕事。避けては通れない問題なのだ。  ──ぐー。  お腹が空いたので晩御飯を食べることにした。 「…………」  キョロキョロと見渡し、お兄ちゃんが帰ってくるかどうか扉の音を聞くために耳を澄ませる。 「…………帰ってこない」  まだお兄ちゃんは帰ってこない。倉庫にある果物を片っ端から集め、洗い、食べた。もう数えるほどしか残ってないので集めに行かなければならない。  この雪原地帯にはあまり食べ物はない。テレポートが使えれば楽だが、まだ使えない。ヘラは使えるが、いつ来るのかわからないので、ずっと待っていれば飢え死にするだろう。そんなのダサすぎる。なので遠出してでも見つけなければならない。 「行ってきます」  形式だけの独り言を口にし、数多の星が輝く中、また一人のオレは家を飛び出した。
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