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「お茶がいい? 若いからコーヒーかしら」
「いえ、おかまいなく」
純ちゃんのお母さんはキッチンへと消えた。しばらくするとコーヒーの芳ばしい香りが漂ってきた。
「こっちで撮影? もうすぐ武道館ライブなのに、人気者は大変だね」
純ちゃんは私の前にお菓子を置いて優しく話した。
「突然お邪魔してすみません」
「とんでもない。フウちゃんだったらいつでも大歓迎だよ。今もフウちゃんのDVD見てたところだよ」
テレビの画面には弾けんばかりの笑顔で歌い踊る私の姿があった。私は虚しくそれを眺めた。
「コンサートって1時間以上動き続けてるんだよね。凄い体力だね。それにずっと笑顔でいなきゃいけないから大変だ」
「ううん。本当に楽しくて、時間なんて忘れちゃうの」
「そうなんだ。好きなんだね」
好き……そうだ。私はアイドルの仕事が好きなんだ。コンサートなんてあっという間に終わってしまう。ファンからの声援や拍手を聞くと、ずっとこのまま歌い続けたいと思う。
「私、帰らなきゃ」
私は椅子から立ち上がった。それを純ちゃんは嬉しそうに見つめていた。
「東京は遠すぎて今回の武道館は行けないんだ。それにチケットもすぐに売り切れちゃってたしね。でも次は必ず行くから。ファンクラブに入ったんだ。だから次回はチケット取れると思う」
「うん」
次回。そうだ、武道館は今回で終わりではない。頑張り続ければ次もある。そしてその次も、その次も。
やっぱりここへ来て良かった。私はアイドルの仕事が好きなのだ。だから辛いレッスンにも耐えてこられた。こんな事で挫けるなんてもったいない。
「ありがとう純ちゃん。DVDになったら送るね」
「楽しみにしてるよ」
帰ろうとする私にお母さんは水筒を持たせてくれた。
「せっかく淹れたんだから、飛行機の中で飲んでね」
「ありがとうございます」
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