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風を読めれば大した距離ではないかも知れないが、2人とも船を操ったことがない。
「…人足として潜り込むのか?」
茗羽がまた聞く。聞くが答えが返ってくるとは思っていない。
旦樹は寡黙であったし、茗羽より知識があるわけでもない。
「茗羽師兄、剣の形の手合わせをしませんか?」
旦樹は海を眺めながら唐突に言う。
茗羽は驚いて隣の大男を見上げた。
「お前が“はい”以外喋るのいつぶりだよ」
旦樹は心外だと言わんばかりに少し眉を顰めた。朝夕の挨拶もするし、呼びかけもするし、返事もする。
ただそんな揚げ足をわざわざ言うことなく、呉服の長い袖の袂に呪文を唱えながら手を入れると長剣を二振り取り出した。
「あっ! 俺の鳳羽塵じゃないか!」
差し出された真朱色塗りに黒鉄と金で飾られた長剣を見て、頭巾から覗く顎が嬉しそうに緩んだ。
「なんだよ。屋敷に置いてきたと思ってた」
手を伸ばしかけて、外套から出た自分の腕の細さに気づいて、だらりと下ろした。
「ちょっと前の俺なら、悪意だと決めつけて罵倒したろうな…」
旦樹は鳳羽塵を差し出したまま、黙って首を横に振った。
「わかってるさ。お前はいつだって俺のためになることを言うんだ。樹海の洞窟で死にかけてた時が嘘みたいに今は動けてる。以前みたいな力はないが、きっと武術の基礎も身体が覚えてる。形の手合わせなら良い運動だろうな」
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