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「好き勝手にしやがって」  俺はベッドの上に突っ伏し、非難の目をじっと一之宮に向けた。 「……すみません」  ベッドの下で正座した一之宮は晴れやかな笑顔だ。  口では謝ってるけど、絶対悪いと思ってない。しかもなんであんなに動いたって言うのにちっとも疲れていないのだろう。  どうやら疲労困憊なのは俺だけらしい。若さを見せつけられた気がして非常におもしろくない。  あれから後ろから伸し掛かられてもう一回、よたよた浴室へ向かったところを追いかけられて浴室でもう一回抱かれたのだ。さすがにもう、あらゆる関節と筋肉が痛かった。  ぶつぶつと一之宮に文句を言っていると、疲労でだんだん瞼が下がってきた。限界だ、もう寝てしまいたい。でも俺にはやらなくてはいけないことがあるのだ。  俺は唸り声をあげながらベッドから起き上がった。一之宮が慌ててように俺の背中に手を当てて支えてくれる。  なんとか部屋の中央に置かれたテーブルまではいずりながら進むと、俺は一之宮にバックを取って来させた。その中から手帳と財布を取り出す。 「それ、何してんですか?」  財布の中から紙幣と小銭を取り出して数え始めた俺を、一之宮が不思議そうに見た。 「ん。ああ、これ? 日課なんだよ。やらないと眠れない」 「そうなんですか」  感心したように一之宮が頷いた。  俺は朝と寝る前に財布の中の金を数えるのは、もう十年以上続く習慣なのだ。  いつものように計算をし終わり、手帳の金額と照らし合わせる。俺はそこで「あれ?」と首を捻った。  計算が合わない。十円多いのだ。  もう一度計算しなおしてみても、やはり十円多い。  どういうことだろう。朝数えたとき小銭は四百八十二円あった。夕方にコーンポタージュを買って百四十円使ったから、ここにあるのは三百四十二円のはずだ。しかし何度数えてもここには三百五十二円ある。  やはり十円玉が一枚多い。  そういえばあの時――。  俺の脳裏にふとよぎったのは、一之宮と出会ったときのことだった。あのときも俺が財布の中身をぶちまけて、一之宮が拾ってくれた。でも小銭を数えてみたら十円足りなかった。  ……まさか、あのときの十円玉が戻ってきた?  ありえない考えだと思う。  だけどそんなこともありそうだな、とも同時に思う。  だって人生はきっとプラスマイナスゼロだ。悪いことのあとには、それを埋めるように良いことがやってくる。逆もしかりだけど、その考えは俺にとっては救いだった。  たくさんのものが俺には足りなかった。金も、母親の愛情も、自信も、みんなが普通に持っているものが俺には圧倒的に足りなかった。でもそれはきっと、これからの俺の行く先でたくさんのプラスが待っているってことだ。 「どうしたんですか? もしかしてお金足りませんでした?」  黙り込んだ俺を、一之宮が心配そうにのぞき込んできた。俺は笑って「なんでもねえよ」と返事をすると、伸びあがって彼の唇にキスをした。 「え? あ、千草さん⁉」  一之宮は驚いたように目を見開いたが、すぐに嬉しそうに唇を寄せてくる。  ――ほらな、俺はこんなにすごい宝物を手に入れたじゃねえか。  俺はにんまり笑って、誰よりも愛しい人からの口づけを静かに受け取った。               (了)
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