いいとこどりの世界

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私はある島へ移住した。 大正解だ。 自然の恵みと環境、水道、電気なども問題なく供給されている。 病院も学校も図書館等も都市と遜色ない。 そして何よりもここのいいところは便利と不便のいいとこどり。 ここでは必要な書類や入手方法はネットや機械では出来ない。 色々な確認や手続きに何人もの人を通さないといけないけど、 それを不満に感じる人はいない。 時間的な問題や体調や天候により外に用足しが出来ない人たちの 為にいろいろな方法で誰かに頼めたり、電子処理が可能。 ただそのままそうなる事はなく、可能になれば自分で行うようになる。 少し前に住んでいた場所はもう人とかかわらずに生きたい人には うってつけの状態だ。 銀行の口座にお金が絶えずあるという条件付きがあるけれど、 ネットでの注文の食事から日用品の買い物の代金、公共料金等は口座からの引き落としで済む。 仕事はリモート。 つまり・・・ 本当に外に出ないといけないのは、本人の不調による病院へ行くくらい。 確かに楽だ。 天気も関係ない。暑かろうが寒かろうが、歩いている時に予報にはなかった 雨に降られる事もなく、自分が常に快適な状態でいられるような部屋で過ごす。 でも・・・ いつから人と話していない?いつから笑ってない?いつから・・・ 私の人生の前半の生活には色々と面倒な事や時間も場所も限りがあった。 魚は魚屋さん、お肉は肉屋さん、果物や野菜は八百屋さん、本は本屋さん、薬は薬局、ノートや鉛筆は文房具屋さんに行かないと手に入らなかった。 わからないことや知りたい事は人に聞くしかなった。 でも今はパソコンやスマホがあれば何でもわかる。 つい先日、理由は分からないが、パソコンが壊れた。 修理してもらうより、新しいのを買う意識が強い自分がいた。 修理を選ぶと最低限であれど人と話したりするので、不快な言動をとらないように気を配らないといけない。 その時に、 「私、口がうごかない。」 と感じた。 飲食以外で口を開ける事がなく、言葉を使う為の口の動かし方がわからなくなった。 結局、新しいパソコンを買い、あの島を知った。 諸々も手続きを終え、生活が少しずつ動き出した。 そこそこ広いため、一両編成だけど電車がある。 駅員さんが切符に鋏を入れている。 せまいホームなのに常に駅員さんがいる。 階段を大変そうに上っているお年寄りに手を貸している。 そして運転手に少し待つように指示している。 乗客に怒る人はいない。 学校の向かいには文房具屋さんがある。 男の子と女の子が互いを気にしながらノートを選んでいる。 八百屋さん肉屋さん魚屋さんが三軒隣り合っている。 今日は何がいいかお客さんが相談しながら品を選んでいる。 朝の学校の途中の信号にはみどりのおばさんが大きな声であいさつしてる。 子供たちが駆け足で学校へ向かっている。 見渡すとどの場所にも人がいて、話声が聞こえる。 私も戸惑いながらも心地よさを感じている。 買い物をしようと、バッグを持ち外にでた。 「今日は鍋にしよう。八百屋さんと魚屋さんに行こう。」 お昼時だったので、畑から戻ってきた近所の方と 「こんにちは」 と顔を合わせながら挨拶した。 すると、 「今日いい大根が取れたから、これあげるわ。」 と葉の大きい大根をくれた。 「ありがとうございます。」 私はまだ覚えていたお礼の言葉を言った。 「今日はおでんに変更だ。」 ・・・ でもどこのお店にいけばいいのかなと立ち止まった。
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