終末は神とワルツを

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「完全に遅刻ですよ」 「わかっている」 パルウスが呆れたように言う。 そういう自分だって、枕元でぐーすか寝ていたくせに、随分な言い方である。 使い魔なら、主人を起こすぐらいはしてくれてもいいはずだ。 授業中で静まり返っている廊下を足早に通りすぎて、保健室に向かう。 言い合いながらドアをカラカラと音を立てて開けると、肩に乗っていた黒猫が突然威嚇し爪を立てられた。 「い、痛いぞ!なんだって…」 たまらず新田は声を上げ、肩から黒猫を引き剥がす。すると、空のはずの回転椅子がくるりと回って、正面を向いた。 「おはようございます。新田先生」 西園寺明美が椅子に深々と座っていた。 「な…お、お前、なんで、消えたはずじゃ…」 少女は二コリと笑って、声のトーンが変わる。 「あんな朝日ごときで我が消えるわけなかろう。戻っていただけだ、仮住まいにな」 状況が飲み込めないまま、口を開けたまま目を見張る新田に続けて言う。 「少し、興味が湧いてな。お前がそれほどにまでにこだわる人間に」 「何言って…」 「娘の魂はこの世に絶望している。この魂を引きずり出せるほどの希望がお前が見せられれば娘の魂は戻る」 「…!」 「我の中にあって、我の見るもの聞くもの全て伝わっている」 「そうなのか…」 「つまりだ。しばらくお前の傍にいるからよろしくな」 「は…???」 抗議の声を開けようとしたところで、「新田先生~!」と呼ばれる。恐る恐る後ろを振り返れば、何事もなかったように神谷美香が立っていた。 「校長先生が、遅刻の書類出してくださいって言ってましたよ」 呆気にとられている新田を気にせず、「はいこれ書類です。記入して捺印して出してくださいね」と手渡しする。 「あ、せっかく書類を持ってきたんです。お茶の一つや二つご馳走になっても大丈夫ですよ」 神谷がぬけぬけと言った。 「は??」 「我も、茶を所望する」 少女が当然のように言い放つ。 昨日の夜の死闘から全く頭が追いつかなかった。 わけもわからず新田は、湯を沸かし慣れた手つきでハーブティーを二人に淹れて渡した。 自分のカップを手にベッドに腰をかける。 三人で茶をすするという理解不能の光景に頭が痛くなりそうだったが、不思議と落ち着いた気持ちだった。 何処か懐かしいような、昔もこうしていたことがあるような。 何か大事なことを忘れているような気がして、硝子のポットの中で回転する茶葉をじっと見つめた。 そのうちに、頭が冷静さを取り戻し、単純な疑問が浮かんだ。 「その、最後の審判はいつになるんだ?」 新田は二人に向かって質問する。 「近々、としか言えませんわ」 澄ました顔でお茶を飲みながら神谷が応える。 新田は内心舌打ちをする。天界感覚の「近々」など当てにならないものはない。 内心を見透かしたように、神谷は言った。 「最後の審判の日までに、人間には13の試練が訪れます」 「試練…」 「その試練を乗り越えられなければ、この世界は終わりを告げます」 「相変わらずやることが嫌らしいな」 悪魔が口を挟んだ。 「試練とは人にとっては主から与えられるチャンスですわ。慈悲深い取り計らいだと思いますけど」 天使と悪魔二人の間に僅かに緊張が走る。 「つまり、その試練を一つでもしくじるとこの世は終わるということか」 新田は考え込む。試練がいったいいつどんな形でくるのかも予想がつかなかった。 「では、私はそろそろ職務に戻りますわ。お茶ご馳走様でした。いつもどおり美味しかったわ」 「ああ…」 空のカップを神谷から受け取りながら、いつか彼女にお茶を淹れたことがあっただろうかと思った。 神谷は立ち上がり「抜け駆けは無しですわよ」と椅子にふんぞり返っている悪魔に向かって釘を刺した。去る前にもう一度顔を出して、「あ、そうそう。授業の無断欠席、内申に響きますわよ、西園寺さん」と忠告した。 「陰湿天使め!」 悪魔は叫んだが、もう神谷の姿はなかった。 そして、新田に向かって「また来るぞ」と言い残し神谷同様に姿を消す。 残された新田は、床にへたり込み両手で顔を覆った。 「最悪だ…!」
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