終末は神とワルツを

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事態が急転したのは翌日の朝だった。 結論から言えば、新田は神谷とともに生徒のフォローに回る必要がなくなった。 つまりは、予定された明日は永遠に来なかった、ということだ。 なぜか。 西園寺明美が生き返ったからだ。 遺体として司法解剖に回され、あわやメスを入れられるその直前に彼女は息を吹き返したのだった。 この知らせに、また学園は上に下に大騒ぎとなった。その前の彼女の訃報では、押さえこむような閉塞的な動揺だったが、今は大ぴらな明るい騒々しさだった。 西園寺明美は、数日の検査入院と療養を経て、日常生活に戻るということだった。今は、自分が一度死んでいたという事実に驚き、「早く元気になって学校に行きたい」とまで言っているという。 新田はその話を聞いて、強い違和感を拭えなかった。 あれだけ、保健室に来るのでさえもこみ上げる吐き気を堪え、必死の形相で来ていたというのに。 それに、あの夜彼女がしたこと。 あれは、上級の悪魔を呼び出す魔法陣だった。己の皮膚を肉を切り裂き、その血で描かれたそれは、遊び半分な気持ちでは完成させることなどできない。 彼女は、本当に本心から、悪魔との契約を望んだのだ。 それだけの、闇を抱えた人間が、息を吹き返したからといって、「学校に行きたい」などと言うものだろうか。 どうしても、納得がいかなかった。 新田の胸の内など忖度することなく、時は流れ、あの夜からひと月ほど経ち、西園寺明美はしっかりとした足取りで、名門校の門を再びくぐったのだった。 生徒たちの口に立てられる戸などないのであろう。 学園側がどんなに隠しても、西園寺明美が一度死んで生き返ったという噂は知らぬものがいないほど広まっていた。 「マスター、ちょっとは落ち着いたらどうすか?」 「うるさい。わかっている」 新田の学園での職場、つまり保健室のそう広くないスペースを、さきからグルグルと忙しなく歩き回っている。 部屋には新田一人しかいない。けれど、声は2つ。 誰かがドアの前を通りかかったならば、部屋には先客がいて、会話をしていると思っただろう。 「そんなに気になるんだったら、休み時間にでも覗いてくればいいじゃないスか」 「…ならばパルウス、お前が行ってこい」 新田は、机の上にある10センチほどの招き猫に向かって言った。見かけは普通の招き猫だったが明らかに普通と違う点があった。招き猫は真っ黒だった。 「えー!おいらがですか?目立ちますって…」 黒い招き猫が叫んだ。 「目立たないようにしていけ」 「人使いが荒いんだから」 「お前使い魔だろ? たまには仕事しろ、仕事」 「わかりましたって」 大きな溜息をついた招き猫は、ぶるぶると震え大きく膨らみ、ポンと弾け、制服を着た少年が現れた。 新田は、椅子に座り長い足を組み替えて一瞥すると眉間に皺を寄せた。 「制服がちがう。もう夏服だ」 「あらま」 少年がパンと両手を合わせ音を立てると、衣服が変わった。 「気を付けないと、西園寺の様子を見る前に風紀委員が神谷に取っ捕まるぞ」 「うへー、それだけは勘弁願いたいですね」 少年が舌を出して言った。新田が軽く顎をしゃくると、少年は頷き軽やかな足取りで保健室を出て行った。 昼休みの学内は、明るい賑やかさに包まれていた。廊下を何喰わぬ顔で目的の教室を目指して歩く。すれ違う生徒たちはみな、ほとんど数人で固まって、はしゃいでお喋りに夢中だった。だから、見知らぬ生徒が一人紛れ込んでいたとしても、気に留めるものは誰一人いない。 上を見上げて、クラス番号が書かれた年季の入ったプレートを確認し、教室を覗いた。 なかなか、姿を見つけられず焦るが、すぐ目の前にいる少女が、そうだと分かり、パルウスは驚きに目を見張った。 一瞬髪型が違っていたから別人だと思ったが、顔をよく見れば西園寺明美に間違いがなかった。いつもまるで顔を見られることを恐れるかのように、下していた肩より長い髪は、二つに結い上げられている。髪型一つでこんなにも女の子のイメージが変わるのかと、変なところに驚く。 そして何よりも驚くことは、クラスメイト数人と昼食を囲み、楽しそうに談話していたからだった。 教室の自分の席で静かに食事をしている生徒を眼で探していたのだから、見つかるはずなどなかった。まさか、彼女が賑やかな集団の中にいるとは思いもしなかったのだ。しかも、聞き役に徹しているというわけでもなく、むしろ頬を上気させて夢中で喋っている。 パルウスはパンっと両手で自分の頬を叩き、「こりゃあ、マスターに早く報告だな」と呟く。そして来た道を猫のようにしなやかに音もなく足早に戻っていた。
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