終末は神とワルツを

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初夏といっていい暦になり、夕方とはいえ日が高くなり、窓の外はまだ十分に明るかった。長い髪が陽の光に照らされて、金が白金のように輝く。それを無造作にかきあげて、パルウスの報告を受けた後、新田は考え込むように腕を組んで座り、それきり長い間彫像のように動かなくなった。パルウスも、暫くは主の様子を伺っていたが、微動だにしないのに痺れをきらし、再び机の上の置物に変化してしまった。 血の魔法陣、西園寺明美の死と復活、人格の変容。 これらが何を導き出すのか。 自分ならばわかるはずだ。いや、自分が解かなければいけないのだろう。 一つ明確なことは、西園寺は生き返ったのではないのだろう、ということだった。つまりあれば西園寺の形をした何か別の者だ。 なぜならば、彼女が生き返ったとしても、クラスメイトと楽しそうに談笑などするはずはないのだ。 彼女は、クラスメイトを、学園を、この世界自体を憎んでいたのだから。 西園寺明美は、親友のいない世界を認められなかった。 水無瀬玲が欠けた世界は彼女にとって偽物だったのだ。 大切な人を失うことは自分の一部分をむしり取られるような痛みであることを、新田は身をもって知っていた。 そして、その痛みは時間だけが癒すことができ、それでも完全には塞がらないことも。 自分にできることは、少しだけ気持ちを軽くする癒しの術を施すことぐらいだった。 かりそめの安らぎを与えることだけ。 ただ、それもその場しのぎにしかすぎない。 それでも生き続けてほしかった。 時間を重ねて、彼女が自分の納得のいく方法で、水無瀬玲のいない世界を再定義して、前に踏み出すことができるまで、見守っていたいと思っていた。 「先生、玲のいない世界なんて意味ないのに。私、何で生きてるのかな?」 西園寺は口癖のようにそう言っていた。 その問いに自分は答えることはできなかった。    リノリウムの床をこするキュキュッという音が近づいてくる。 その音に、新田は現在に引き戻され、顔を上げた。 音がドアの前で止まり、カラカラと引き戸が開けられる。そこには西園寺明美が口元に微笑を浮かべて立っていた。 「新田先生」 生きていたとき、そのままの声色で名前を呼ばれて、わずかに動揺する。 西園寺はゆっくりと部屋を見回して、「何だか懐かしいです」と言った。 「随分と休んでしまったので…。毎日ここに来ていた頃が遠い昔のようです」 呟くように言って、黙ったままの新田へと視線を合わせる。 「新田先生」 西園寺が一歩近づいた。 「どうして、今日、会いに来てくれなかったんですか?」 また、少し距離を詰められる。 「私、先生に会いたかったのに」 そう言って、もう一歩踏み出そうとしたところで、学園のチャイムが鳴り響いた。 いや、いつものチャイムにしては少し違和感があった。まるで教会の鐘のような音。 鐘の音を聞いた途端に微笑は消え、少女は険しい表情になる。 瞬きの間で、少女は再びドアの所に立っていた。人の動きではなかった。 「お話したいんです。新田先生。教室で待ってますね」 そう言って、少女は闇に消えていった。 「……は」 詰めていた息を吐き出し、椅子の背によりかかる。額から冷たい汗が流れた。体重を受けてぎいと椅子が悲鳴を上げた。机の上の招き猫が震えて、少年が飛び出した。 「ななななな、なんですか、あれ?」 真っ青な顔でパルウスが少女が消えた方を指さした。 「お前、隠れていたくせにいなくなったら速攻で出てくるのか」 呆れたように言う。 「いや、あんなんの前になんか出れないですよ」 「まあ、これではっきりしたな。あれは、人じゃあない」 「い、行くんですか?」 「呼ばれちゃったからね。行かないわけにいかないだろう」 「お、おいらは…」 「勿論、お前も一緒だぞ。さすがに私も丸腰では行きたくない」 「…うう」 使い魔は泣きそうな顔で主人を見たが相手にされなかった。
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