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曇る車窓
「ねぇ、おじさん。何する気?誘拐?」
車が動き出して数秒経ち、気になって仕方がないことを尋ねてみると、男は肩を落とした。
「そんなに俺っておじさんに見えるか?」
え、そこ?
いや、どう見てもおじさんでしょ。
思わず笑ってしまうと、男は元気を取り戻したように叫んだ。
「少年、行きたいところはあるか?」
沈黙が二人の間を流れる。
何も言わないのは少し憚られたので、渋々口を開く。
「別に無いよ、そんなとこ。でも…」
「ほう?」
強いて言うなら。
「誰も知らない、何処か」
「誰も僕のことを知らない、何処かへ行きたい」
「そうか、分かった。いいなそれ!」
活力たっぷりに言い、男はにこにこ笑った。
車窓の向こうに見える街は相変わらず強い光を放ちながら、夜の空気をつくり出していた。
そして、一向に止みそうにない雨。
僕の心も、晴れそうにない。
一面の雲に塞がれているような感じだった。
それなのに、男はそんな僕にはお構いなし。
アクセルを思いっ切り踏み、車を飛ばしていく。
あまりにも楽しそうなその姿を見て、心の中で横にいる男のことを「おじさん」と呼ぶことにした。
僕は気付かれないように溜め息を漏らし、少しの間目を瞑った。
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