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春樹はしばし放心状態でベッドに端座位になっていた。やがて頭を何度か掻きむしりながら立ち上がると、その足でキッチンへと向かう。独り暮らしにしては広すぎる部屋だ。リビングだけでも20㎡もあり、壁反面はガラス張りのマンション高層階。文字通り街を見下ろせる高級マンションの良室である。使うことのなくなったオープンキッチンのカウンターは、木製で、今でも光沢があり上品な造りだ。反面、その上は段ボール箱や小物で一杯、散らかし放題の状態である。最後に使用したのはいつのことか、シンクは水滴一つなく、色はくすみ、埃や塵が積もっている。そんなことなどとうにおかまいなしといった具合に、春樹は冷蔵庫からペットボトルの水を取り出し、おもむろに立ったまま500mLを飲み干す。その顔に、活気はない。それも無理のないことだった。彼の婚約者だった女性、水上絢音当時29歳。彼女は2年前の冬の雨空の下、待ち合わせしていた公園近くの公道で、春樹の目の前で帰らぬ人となっていたからだ。不慮の事故だった。幸せな婚約時期から一転。その瞬間から、春樹の人生は闇に覆われ、なんの治療も受けぬまま、無情にも時だけが過ぎ去って行った。
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