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春樹は朝食を摂らない。別に腹が空かないわけではない。2年前までは、きちんと栄養のバランスを考えられた朝食を食べていた。というより、食べさせられていた、という方が正解だ。あの事故以来、当初はショックで朝どころか、1日何も食べない日も少なくなかった。最近に至っては、朝食が面倒、という考え方に変わってはいたが、摂食量の低下で、間違いなく栄養不足ではあった。
「さて‥と。」
1時間ほど経過し、ようやく玄関にたどり着く。履きなれた革靴は、一週間も放置されていたため、埃で少し白くなっていた。簡単に靴の手入れを済ませ、ようやく外の空気に触れられる。
そう思いながら、春樹は玄関のドアノブを回して引き開けた。
「おはようございますぅ♡」
(見なかったことにしよう。いや、
幻覚かも知れない。)
春樹は一度玄関のドアを閉める。会社の庶務課の部下の、沢井華怜が、玄関先に立っていた。だがそんなはずはない。一週間も休んでいたのに、よりによって今日春樹が出勤しようとしているなど、予想のつかないことだ。そうだ、これは幻覚だ、疲れているせいだ。勝手に自分の中で解決に導くと、今度は恐る恐る、ゆっくりと玄関のドアを開けた。
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