2 狩りの始まり ③

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「そうか? 生命力があるならよいというのは、ちょっと痣があったり好みや流行でない外見であるというだけで除外する人間に比べたら、生き物としてはずっとシンプルで実用性が高い考え方ではないか。価値観の問題だ。ぶっかけAVはお前たち霊長類では異常性癖やフェチの領域だが、魚類では当たり前の生殖行為であるようにな」 「……ぶっ、か!!」  幸紘は思わず赤らんだ顔で俯き、口元を押さえる。魚類なんて言葉を足すから、彼の脳裏によぎったものは興味もないAV女優の誰かではなく、いつか見た一糸纏わぬ神様の神がかった艶やかな肢体だった。それが欲望にまみれた白濁に穢される姿を想像して幸紘の頭にカッと血が上った。  するりと本殿格子戸の隙間から出てきた目玉がニヤニヤと歪んで幸紘の顔をのぞき込む。幸紘は必死に視線を逸らした。 「おっと、チェリー君には刺激が強すぎたか」 「媛、うるせえ」  神様は不機嫌に歪めた顔で目の前をふわふわ蠢く目玉をぴしりと指先で弾いた。 「どうやったら治るんです?」  気を取り直し、幸紘は軽く咳払いをして神様に尋ねる。神様はつるりとした頭を撫でて、口をへの字に歪めた。 「俺はあまり得意じゃないが、言うなれば呪的な手当をするんだよ。すぐによくなるわけじゃないが、腐敗の進行は遅くなる。完全に壊死する前に山津神をなんとかした上で、生命力が残ってりゃいずれは血の巡りが戻ってくる」 「癒やすとか奇跡の成就なんてのは俺の方が得意ではあるが、基本俺はここからは出られん。お前の神様の食欲をもう一度渡すなら、行ってやってもいい」 「それはもう絶対許しませんからね!」 「そうだろうが。八幡神の基本性格は守るか切るかしかない」 「元来は武の神なのでな」 「だから俺かよ。いつもそうだな」 「腐っても水神なんだろ、オールラウンダー。水はすべからく『陰』にして癒やしの力を持つ。俺の白瀧も貸してやるから、土地の力使ってなんとかしてこいよ」 「わぁったよ」  神様が不満げに言って、あぐらに肘置いた手の上にふくれっ面を乗せた。その隣で八幡神が地図を見てから腕を組んで深く息を吐く。 「さて、今回の娘のことはそれでいいとして、あとの七人をどうする」 「七人? 六人では?」 「加奈子もおるだろうが」 「あいつは大丈夫じゃないですかね……なんとなく」 「だとしても、もはや相手は昼夜問わず神出鬼没で獲物を狙ってくるのは間違いないぞ。それをどうする?」 「そうなんだよな。この地内なら俺の水脈の及ぶ範囲だから瞬時に移動して見回りも迎撃もできるが、実際の女どもはおとなしく実家にいやしない。扶桑ヶ原や隣市や都市部に住んで日中も仕事をしてるんだ。そんなところを狙われても、手が回らない」 「かといってことが過ぎるまで結界で守るわけにもいくまいよ。コストをどう賄うか、それも問題だ」 「ならば守りに入らずに、こちらから仕掛けてやればよいではないか」  瀬織津媛がはっきりと言った。全員の視線が触手の先についた目玉に集まる。 「手があるのか?」 「ある。その為にはお前達に動いてもらわねばならない。俺はここを離れられないのでな」 「何をすれば良い?」  神様が尋ねる。目玉はすうっと一同を見下ろすように浮かび上がった。 「八幡神は晦が明けるまで、一時も日河比売から目を離すな。山津神と接触して、いらん知恵をつけられては困るし、こっちの動きを探られるのもかなわん。青二才は見舞いに行くならそこの小坊主を連れていけ」 「小坊主言うな」 「お前など今はその扱いでかまわんわ。取り逃がしやがって。青二才はまず警察から白羽の矢を取り戻せ。あとは小坊主に女の手当をさせて、ついでにそいつが逃がした奴の特徴を聞き出してこい。名を知るには知恵比べ。だがお前の能力があれば名を知らずとも相手を捉えることはできるはずだ。力不足ならそこの小坊主に力を借りろ」 「小坊主じゃねえっつってんだろ。それで俺は?」 「他の女達の警護と青二才の補助以外で今のところお前の出番はない。だが仕掛けができればお前は猟犬だ。獲物を追ってもらわねばならん」  瀬織津媛の目玉がするすると本殿へ引き戻っていく。御扉にその姿が消える前、真っ暗な天井を背にぎらりと毒々しい光を帯びた。 「さあ皆の者。狩りを……始めようか」  目玉が大きな口をクパリと開く。それは残忍な笑いに歪んでいた。
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