22人が本棚に入れています
本棚に追加
「あたしが困る」
「なんで?」
「事務所の女の子から、彼女がいるかどうか聞いてくれって頼まれたから。嘘は言えない」
「そこは言ってくださいよ。お願いですから」
「いい子よ。入社二年目。年齢も君より年下で、お兄ちゃんがいるらしいわ。長女じゃないってだけでお嫁さんの条件としてはよくない?」
「言いましたよね、俺。人間全般が苦手ですって」
「だってもったいないんだもの。高身長、安定収入……」
「学歴は高卒」
「大丈夫、大丈夫。東大出の職なしなんて珍しくないご時世で、君は全然有望株だから。何しろ顔がいい」
「やめて」
「あたしとこれだけ話せてるんだから。妹さんもいるんだし、女なんて性別が違うだけでみんな一緒一緒」
「その一緒なところが苦手なんですって。あっちもこっちも、一体なんなんすか?!」
「他からもなんか言われたの?」
「母っすよ。朝からダイニングテーブルに見合い写真用意されてまして」
「あー……たぶん、それ、これのせいだわ」
畑中はスマートフォンを取り出すとPDF閲覧ソフトを立ち上げる。宝山市は市広報の小冊子を月一回一〇日に発行しているのだが、市のホームページでもPDF化したものを公開していた。畑中が見せてくれたのは三月に発行されたもののバックナンバーだ。
「はい」
そこに映し出されたのは淵上神社で二月の末にあった厄除大祭の記事だった。何枚もの写真が載っている。そのうちの一枚が見開き二枚になっている。拝殿と向き合った幸紘の後ろ姿の写真だった。
「こんなの撮られてたんすね。でもこれが?」
「問題はそこじゃないわ」
畑中は大きな写真の載ったページの角にある別の写真を二本の指で拡大する。拡大した画面いっぱいに遠方から撮られたと思われる幸紘のやや斜め正面からの写真があった。遠方なのと明るい日の光の下のせいか色素の薄い目はさほど気にはならない。多分その時は神様が晴天の空の元を舞う姿に心奪われていたのだろう、朗らかな顔をしていた。
「どう? イケメンでしょう」
幸紘は困惑に顔を顰めてコーヒーを口にする。そして広報の件は柳川がそんなことを言っていたな、とここに至ってようやく思い出した。確かに広報の写真の自分と、鏡でたまに見る普段の自分は別人だった。
畑中は苦笑いを見せた。
「基本的に普段の遠野君は前髪で完全に視線を遮断して、俺に声をかけるんじゃねえオーラ満載だから、実は磨けば光るかもしんない原石だなんて誰も気づいちゃいないのよね。あたしも大祭でちらっと見かけるまで遠野君の素顔よく知らなかったし。みんなもこの広報写真が出るまで遠野君を「怖い人」って言ってたしね」
「怖い人……。でもこれって先月の広報ですよね。それが出てから今まで誰も何にも反応なかったじゃないっすか。その事務員って子もそうでしょ? それをいきなり……」
「だって遠野君、厄神さんの後継ぎってこと以外、私生活がまったくわかんないんだもん。先々月の新聞の記事とか、毎日必死になって残業してる姿見て、金のかかる彼女に貢いでるとか思ってた人も居たからね」
「そのあたりは積極的に誤解を解いていただきたい」
「あはは。あたしも仕事の話はよく聞いてたけどプライベートなことは最近教えてもらったくらいじゃない。そのあたりをちゃんと聞こうと思ってた矢先に、これよ。これ、先月の広報ね」
畑中はスマートフォンを操作して今月の広報を開く。先ほどの幸紘の写真は他の同年代くらいの市役所職員や扶桑ヶ原の若い商店主らの写真と、ご丁寧にも彼らの名前とともに「市主催、出会いフェス’24」なるものの広報ページに掲載されていた。開催日は再来週の日曜日、こどもの日である。
「肖像権の侵害だ。無断使用じゃねえか」
幸紘は絶句した。それに写真のレイアウトはその出会いフェスなる、言うなれば市主催の婚活パーティーに、これらの青年たちも参加するように錯誤させかねない使い方をされている。少なくとも幸紘はこんな企画があることも聞いたことはなかったし、参加するなどもってのほかだ。誇大広告も甚だしかった。
最初のコメントを投稿しよう!