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畑中は幸紘の反応を見てふうっとため息をついた。
「やっぱり、掲載の許可は君のところには来てなかったのか。遠野君の写真だけ、明らか厄除大祭の時の写真を引き伸ばして加工したって感じだったからそうかな、とは思ってたんだけど。お父さんかねえ」
「あのひとはぁぁぁぁ……」
そうでなければ光子だ。どちらにしろ親が仕組んだことに違いない。幸紘は俯いて震えた。
「たぶんこれを見た独身の娘たちを持つ母親ネットワークが稼働してるんだと思うわ。母親は母親でも、あたしのシン・ママ友界隈からすら、遠野君が参加するのかどうか尋ねてくるメッセージ来たわよ。今までは金のかかる彼女が居たかもしれないけど、最近残業も減ってるし、フリーになったんだって思うわよね、確かに。それに遠野君自身はよくわからなくても、そのご両親の人となりはみんなよく知ってるもの。嫁ぎ先としては信頼できるわ」
「俺はどうでもいいんか~い……」
「二の次は二の次かもね。田舎の結婚って、多分に当事者個人よりも、婚家同士の関係性の方が重要だったりするからねえ。遠野君のような場合もあるし、逆に本人たちが納得してるのに家の関係で後々まで揉めることもあるし」
「そういうのもの含めて、人間全般が苦手なんです。突然、勝手な幻想もって、勝手に舞い上がって、勝手に幻滅されて、そんな人だと思わなかったって言われるの、一番うんざりっすわ」
「そういうご経験が?」
「色っぽい話じゃないっすけどね。俺の人間関係って概ねそんな事の繰り返しでして」
「自分からあんまり理解されようとかしないの?」
畑中に聞かれて、幸紘は一瞬言葉を失う。答えようがなかった。
理解されようと思うとき、自分がどんなものか、幸紘はよくわからなくなる。絵を描くことや造形をするのは好きだ。でもそれ以外で自分として言えることはなにか。好きなもの、嫌いなもの、したいこと、されて許せないこと……。
自分という枠を規定しようとするとき、幸紘を特徴付けるものは、人には見えないものが見えるとか、目の色が日本人らしくないとか、そういう幸紘が自分として認めたくないものしかでてこなかった。
「不器用なんで」
幸紘は空になったコーヒー缶をテーブルにそっと置いた。
「自分からは何言っていいかわからないんで、よく知らない人からいきなり距離詰められるの、苦手なんっすよね」
「じゃあ、昔から遠野君をよく知ってくれてる人ならお付き合いしてもいいの?」
「そりゃあ……」
そこまで言って幸紘の脳裏に思い浮かんだのは神様だった。
ずっと、幸紘が生まれる前から見守ってくれていた存在だ。幸紘が最も呪った金の目も、否定し続けた自身の存在も、恥ずかしい過去も、心身の弱さも、力不足が悔しくて情けないほどみっともなくあがいていることも、すべてひっくるめて幸紘を幸紘として認めてくれた。
けれどもそこまで心広くいられるのは彼が幸紘だけでなくただ人を愛する神様だからで、その優しさは寛大な人間愛の一部でしかなかった。神様はこの淵上の土地に生きる全ての命をそうやって見つめてきていた。幸紘だけの神様ではない。
「そうっ……すね。だったら、是非」
自分だけの、ものであればいいのに、と幸紘は叶うはずのない願いにかすかに悲しげに微笑む。畑中はその顔をじっと観察してから、ふむ、と小さく息を吐いて椅子の背にもたれた。
「って言っても、学校もあんまり行ってないから幼なじみもいないんでしょ?」
「去年末にお隣に居たらしい真希ちゃんとかいう子は結婚したらしいっすよ」
「らしいって、何?」
「見たことないんで」
「そんなんじゃ、あとは家族くらいしかないんじゃない?」
「家族も、全然、関わりないっすけど、ね!」
「じゃあまずまず全滅じゃーん。だったらもう誰と会ってみても同じなんだから、事務員の子、どう? なんだったらデートをセッティングするけど」
「母と同じような事言わないでください。遠慮します」
幸紘は両手のひらを広げて完全に畑中の申し出を拒絶する。同時に昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
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