生きて

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生きて

 この世界では人は簡単に死ぬ。医療レベルがまだ発展途上であり、ちょっとした熱や怪我で人は死んでしまうのだ。旅の途中、そんな人の死に何度も直面した事がある。 「俺が人を治せたらいいのに」 自分のSubとしての欲求抑制は可能だった。疲れや熱も、ヨウスケ自身なら治すことができる。だけど他人の身体に対する魔法は、過去に何度も挑戦してそして駄目だった。何度自分の無力さに、唇を噛みしめたか分からない。 「ヨウスケ」 「っ、エダール、ごめん、煩くしたな」  伸ばしてくるエダールの手を、ヨウスケはギュッと握りしめた。熱いその手のひらが、ゆっくりと握り返してくれる。 「ヨウスケ、こっち。ん」 「え、え?」  ゆるゆると手を引かれ、導かれるまま、まくりあげられた布団の中に入れられる。  小さな身体は、ヨウスケの腰に抱きついてきた。幼いとはいえ、十五歳程度だろうエダールと一緒の布団に入るのはどうなのだろうか。物心ついてからのヨウスケは、こんな距離で他人と過ごしたことがない。 「ええっと、寒いのか?」  そう問いかければ、銀色の髪がゆるゆると横に揺れた。 「ヨウスケが、寒い」  言われてみれば少し身体が冷えている。暖房を付けていたリビングとは違い、寝室は外気温とさほど差が無い。  自分の身体が辛いというのに、他人を気遣える子なのだと驚いた。それと同時にヨウスケは無性に嬉しくなり、腹の奥から湧き上がる不思議な感情に戸惑う。 「さっきは『ありがとう』ヨウスケ」 「っ」  ハサミを手放した事を褒めてくれたのだろう。  エダールはさっき教えた事を覚えていたのだろうか。  だけど少年は本能的に、Subであるヨウスケに命令をしたら褒める、という基本的なプレイの在り方を察したのかも知れない。  食事を出されたら食べる、眠くなったら目を閉じて眠る。第三の性別であるこのダイナミクスは、それと同列にできる本能なのだ。  触れ合った部分が、身体全体が、爪先まで。喜びがヨウスケの身体を通り抜ける。それは命令を達成した時の比ではなかった。 「エダール……」 「ヨウスケ、まだ寝たくない。『なにかお話、して』」  瞳はトロトロと、今にも眠りに落ちそうなのに。人恋しいのか、不安なのか。またはその両方なのか。ヨウスケはいじらしいその命令に、胸が締め付けられた。 「あ、ああ。何がいいかな。ああ、そうだ。獣人族の絵本があったな……ちょっと待て」  読み書きが出来なかった召喚されたてのあの頃に、友人が勉強用にとくれた子供向けの絵本だ。豪華な革張りのそれは、貴族の子息用だったのかもしれない。  寝室の本棚に入れていたその重い絵本とともに布団に入り直すと、赤い顔をしたエダールの隣で読み始める。 「そうして、幸せになりましたとさ。これは獣のような耳と尻尾を付けた獣人族のお話です。おしまい。……もう寝たか?」  気がつけば、エダールは小さな寝息を立てていた。ピクピクと動く耳はまるでこの絵本に出てくる獣人族そのものだ。だけどこの本をくれた友人は、獣人族は架空の生き物なのだと、ファンタジーに胸を躍らせていたヨウスケをがっかりさせたものだった。  懐かしい記憶に、ヨウスケは小さく笑った。  再び眠りに落ちた小さなDomの身体を、ヨウスケはギュッと抱きしめて祈った。少しでも良くなりますように。身体が楽になりますようにと。  エダール。俺のDom。  ダイナミクスはこんなにも感情を引きずらせるのだろうか。今日出会ったばかりの少年が、こんなにも愛おしい。  気がつけばヨウスケも眠りに落ちた。  翌朝、すっかり元気になったエダールに起こされるまで、ヨウスケは異世界に来て初めての安眠を得たのだった。
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