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アンは震える手で羽ペンを取った。
婚姻証書に署名をすればアンはアーサーの妻となる。永遠に王族の地位から逃れることはできない。
迷い、惑い、悩み、そしてついに空いた署名欄に自らの名を刻んだ。
――アン・ドレスフィード
「……結構です。新郎新婦両名の署名を持ちまして、本婚姻はティルミナ王国の法に正式に認められました。では儀式の最後に、誓いの口付けを」
口付け、とアンはつぶやいた。
動けないアーサーが相手なのだから、誓いの口付けはアンからする以外に方法がない。そうだとしても心神喪失状態の相手に、一方的に口付けをすることは気が引けた。もう法律上は夫婦なのだとしてもだ。
ウェディングベールが揺れた。
視界が一気に開けた。
動けないアーサーの代わりに、グレンがアンのベールを上げたのだ。
遮る者のなくなった視界の真ん中にグレンの顔があった。こんなに近くで顔を見たのはもう数か月振りのこと。朽ち果てた教会で己の罪を告白した、あの日以来のこと。
――何だかあたし、グレンと結婚するみたいだね
そう思えばふいに胸が熱くなった。
胸の内側からせり上がる想いは、大きな涙の粒となって瞳から溢れ、純白のウェディングドレスにいくつもの染みを作る。
泣いてはいけない、悔やんではいけない。心の中で必死に言い聞かせるけれど、一度頭に湧いた思いが消えることはない。
――あたし、グレンのことが好き
グレンとキスしたかった。
グレンと結婚したかった。
グレンとずっと一緒にいたかった。
けれどもいくらグレンを想ったところで、もう手遅れ。
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