66話 溢れる想い

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 間もなくジェフのしゃがれ声が石造りの聖堂に響いた。   「アーサー・グランド、アン・ドレスフィード。あなた方は今日このときをもって、ティルミナ王国の法に認められた夫婦となります」  そこで一度言葉を区切り、車椅子に座るアーサーを見た。   「汝アーサー。あなたはアンを妻とし、喜びのときも悲しみのときも、健やかなるときも病めるときも、その命が続く限りアンを愛し抜くことを。果てなき路を共に歩き、苦難を乗り越え、幸を分け合い、死が2人を分かつ時まで傍に在ることを。婚姻の契約の元に誓いますか?」 「誓います」  アンははっと横を見た。  心神喪失状態のアーサーは言葉を語ることができない。アーサーの代わりに誓いの言葉を口にした者はグレンだ。  アンはグレンの横顔を凝視した。  結婚の誓いは続く。 「汝アン。あなたはアーサーを夫とし、喜びのときも悲しみのときも、健やかなるときも病めるときも、その命が続く限りアーサーを愛し抜くことを。果てなき路を共に歩き、苦難を乗り越え、幸を分け合い、死が2人を分かつ時まで傍に在ることを。婚姻の契約の元に誓いますか?」  アンは小さな声で答えた。 「……誓います」 「よろしい。では婚姻証書に署名を。まずは新郎アーサー」  ジェフの言葉を聞き、グレンはすぐに動いた。  講壇に置かれた羽ペンを手に取って、さらさらさら、と婚姻証書にペンを走らせる。署名を終えるまでには数秒とかからない。 「次に新婦アン」  名前を呼ばれたアンは、グレンと入れ違いで祭壇へのぼり、ティルミナ王国の国紋が刻まれた婚姻証書を見下ろした。  小難しい文言で書かれたその証書の末尾には、2人分の署名欄がある。署名欄の一つにはすでに『アーサー・グランド』の文字が刻まれていて、もう一つは空欄のまま。  アンは視線を上げ、聖堂内部を見回した。少し離れたところから祭壇を見つめるレオナルド、リナ、バーバラ。祭壇のすぐそばに立つグレン、車椅子に腰かけたままのアーサー。    そして今まで気付かなかったが、祭壇の脇にはアンの知らない人物が立っていた。ティルミナ王国の国紋が刻まれたダークスーツを着込んだその人物は、するどい眼差しでアンのことを見つめている。  恐らくその人物が『婚姻証書の作成を見届ける立会人』だ。彼の目の前で婚姻証書に署名をすることで、初めて証書は法的な効力を持つ。
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