彼女は媚薬

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 翌日にはポストに偽名で封筒が届いた。行けるわけないでしょ、私ってバレたら入れないのに。 ”バレるかもだから行けないよ” ”関係者席だから、逆に名前は聞かれないよ。安心して” ”あのスーツの人がいたらどうするの!?” ”彼はもう現場にはいないよ。管理職になったから”  それなら大丈夫なのかな……。 ”行けたら行くね” ”絶対来て”  ライブの日はちょうど、三週間後にまた来て下さい、と言われた受診日の翌日だった。  そんなことを思っていたら握っているスマホが震えだした。テルヤからの着信。出るかどうしようか迷って、結局画面をフリックした。 「もしもし」 「ハナ? 今少し話せる?」 「うん……」 「体はどう? 大丈夫? あれから調べたんだけど、あの薬ってしんどいんだろ?」 「……どうにか大丈夫」 「俺の子供産むの、イヤ……?」  今それをここで訊くの? 無理だから薬飲んだんだよ……? 「私、まだ仕事したいし、ちゃんと結婚した後で赤ちゃんが欲しい」 「じゃあ結婚してくれる?」  アキトシが頭をよぎった。 「テルヤが、一般人になった後に考えさせてもらうね」 「……わかった」  それまでに私がアキトシを選んでも仕方ないと思ってくれるかな。 「もしさ……」  テルヤがそれまでとは違う落ち着いた口調で話し出した。 「薬が効いてなかったら、お願いだから堕ろさないで。俺にできることは全部するから」  不吉なこと言わないで。それだけが心配なのに。 「それは、私が、決めるよ……」  電話の向こうでテルヤが小さな溜息をついたのが聞こえた。 「ハナ、とにかくライブに来て。俺がちゃんと仕事してるとこ見て」  それはどういう意味合いから言われているのか私には上手く掴めなかったけれど、テルヤが本気で見てほしいということは伝わった。  きっと薬も効いているはず。だから最後に彼の素敵な姿を目に焼き付けておこう。 「うん……わかった。仕事早めに切り上げて行くね」 「待ってる」  テルヤの後ろで誰かが彼を呼ぶ声が聞こえた。 「じゃ、またね~!」  彼は友達に言うみたいな明るい声でそう言って、プツリと電話が切れた。  アキトシのいるバーに仕事帰りに寄った。彼に会うのはあの日以来で少し気恥ずかしい。 「お久しぶりです」  少しよそよそしいその訳がすぐにわかった。 「初めまして、新しく入りましたチヒロです」  ショートカットでキリッとした女性のバーテンダーさん。素敵だな。  でもどこかで会ったような気がする。気のせいか。だって私、職場と家を往復する暮らしだもの。 「いつものください」  アキトシに注文した。 「常連のハナさん。ハナさんのいつものはこれだから、覚えといて」  チヒロさんはメモを取りながら聞いている。 「お待たせしました」  彼女がコースターにロックグラスを載せてくれた。清潔に切りそろえられた何も塗られていない爪。カッコいい女の子っているんだな。 「いただきます。チヒロさんこの仕事長いんですか?」 「いえ、私は異業種からの転職なので、新人もいいところです」 「私も転職して半年たったばっかりなの!」  それからしばらく転職話で話が盛り上がった。  アキトシはにこやかに私たちを見ている。 「チヒロ、これお願い」  チヒロさんは失礼します、と言って他のテーブルにドリンクを持って行った。 「アキトシ、良い人が入ったね。カッコいい系女子っていいなあ」 「よく気が付くから助かってる。あ、頭痛良くなった?」 「うん、おかげ様で」 「……肩は?痛い?」  アキトシは何気なく訊いてくるけど、思い出して顔が熱くなる。 「ううん。痛くないよ。大丈夫」  恥ずかしくて、お酒を飲むふりをして視線を伏せた。
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