40人が本棚に入れています
本棚に追加
/64ページ
釣りは待つ事が時間の大半を占める。退屈だと感じる人には苦痛な時間だと思う。
ハナは釣りには殆ど行った事がないと言っていたが、全く退屈がらずに僕とのんびり話をしながら時間を過ごした。話していてわかったのは、同じ学部だったこと、音楽の趣味が合うこと、彼氏はいなかったこと。
「あ! やっちゃった……」
シュワシュワと炭酸が堤防のアスファルトに広がっていく。
「大丈夫、これを飲んだらいい」
サイダーをひっくり返してしまったハナに、飲みかけの烏龍茶を渡した。
「すみません……じゃあいただきます」
ハナが一口、二口飲んで僕に返す。
「暑いから、また買いに行こう」
梅雨前の晴れ間はすでに日差しが強くて帽子がないと頭が焼けそうだ。ハルは日傘を差している。
僕も水分を取っておこうと烏龍茶を口にした。
「⁈」
味が違う。
いや、正確には味はほぼ変わらないが、少し甘くて舌が痺れるような感じがする。強いアルコールを舌に乗せた時みたいに。ラテの回し飲みをした時に感じたのと同じだ。
ハナを見る。
彼女はさっきと変わらずに海を見ているだけなのに、目に映る様子がまるで違う。どうして僕はこんなに急に君に惹かれてるんだ。
君の飲んだ後の飲み物をもらったら君が魅力的に見えるなんて、中学生みたいじゃないか。
だけど、この痺れは何だろう? もっと味わいたくなるような。
僕はいつの間にか立ち上がり、ハナの隣に座った。
「ハナちゃん、何見てるの?」
「あっちの方で魚が跳ねてて……」
彼女が沖を指差す。トビウオが時折波の間から飛ぶのが見える。
「僕も日傘入れて」
「あ、はい」
確かめるだけだ。この味は彼女のなのかどうか。日傘を持った彼女の腕を掴んで引き下げた。外から僕たちが見えないように。
「?……シンせんぱ……」
間違いなかった。
甘い痺れの正体は彼女だった。
最初のコメントを投稿しよう!