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ジュニアスイート
韓国での移動は手間取るかな、と思ったけどスマホはあるし、人は親切だったし、特に迷うこともなく到着した。
見上げると、大きくて豪華なホテル。
”ホテルにはこの名前で予約してあるから”
そう書いてあった偽名を告げる。
「ご予約の****様ですね。お待ちしておりました」
連れて行かれた客室は、ジュニアスイートだった。
「何これ……」
思わず声が出る。広くて洗練された部屋に入って、大きなソファに腰かけた。
「こういうところを借りられるんだ……」
それは三年間の間に彼が頑張った証でもあるから否定はしない。だけど、転職したばかりの二十五歳である私には、分不相応な部屋だ。
テルヤはいつ来るんだろう。
”後から行くから、のんびりしてて”
移動中にメッセージが来ていた。
"思ったより早く着いたよ。のんびりしとくね!"
テルヤにメッセージを送ったものの、座っても落ち着かなくて、手前のリビングから奥に入った。
目に入ったのはキングサイズのベッド。えっ? ツインじゃないの?!
……信じられない。そういう前提? テルヤはまだ私たちがつきあってると思ってる?
やり直そうって言われたけど、私は返事をしていない。相変わらず勝手なんだなあの人。三年も会ってないんだから、まず話をしてからって思わないのかな。
何だかとても悲しくなってきて、腹が立ってきたから冷蔵庫を開けてみた。
暑いしなんか飲んじゃえ。
そこにはどうぞ飲んでくださいと言わんばかりに、たくさんの種類のお酒が冷えていた。これにしよう。私は大きな瓶をゆっくり取り出した。いつもは飲まないけど、こないだアキトシに開け方を習ったシャンパン。
「コルクは飛ばしたら危ないし泡が出たら気が抜けちゃうから。こうやって布で押さえて抜くんだよ」
……ポン!
泡が溢れずに抜けた。
グラスにたくさん注いで、外の風景を見ながら飲む。甘すぎなくて美味しい!
同じアジアだから似てるけど、でもちょっと違う風景。外国に来るのって、シンさんに連れて行ってもらったタイ以来じゃないかなあ。もう、五年前?
卒業旅行がしたかったけど、東京を追い出されてそれどころじゃなかったもんね……。
ああ、外をちょっと見て回ればよかったなあ。まだ明るいんだもん、もったいない。明日、どこに寄って帰ろうかな。テルヤの事を考えたら、ここにいた方がいいんだよね。私は見えない場所にいた方が。
そう考えると、テルヤとまたつきあっても、一緒にどこかに行ったりできないんだよね、と彼と一緒にいる選択をするのであれば当たり前のこと、がとても重たかった。
アキトシとはどこに行ったっけ。夜のドライブと、星降る山と、彼の部屋に行く時にいつも寄る行きつけのスーパー。揚げ物が美味しい居酒屋さん。こないだはお酒の専門店に連れてってもらったっけ。珍しいお酒がたくさんあってどんなものか教えてくれた。帰ったら、花がきれいに咲く場所に行くんだ。アキトシが育った場所。夏ならひまわりかな?
……でも、テルヤとはそれは絶対に叶わない。
誕生日をお祝いして二人で過ごすことも、一緒にお正月を迎えることも。それをこの先何年も続けていくエネルギーがあるかと言われたら。
「なんだか疲れてきちゃった……」
二杯目を飲んで眠くなった私は、少しだけ目を閉じるつもりが眠り込んでしまった。
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