婚約者がいなくなってから

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 シンさんは大学の先輩。  運転が上手くて、ドライブが好きで。  大きな四駆で色んな場所に連れて行ってくれた。  季節毎に色を変える山。 仲間とみんなでスイカ割りした海。  美味しいもの食べに行ったり、車中泊したり。  全部素敵な思い出。  そんな事を思い出していたら、友達のユミがヘッドホンの片方を引っ張って声を掛けてきた。 「ハナ? 大丈夫?」 「え? 何が?」 「なんだかまたボンヤリしてたから……シン先輩のこと思い出してるのかな、と思って」 「あ、バレた?」  私はおどけて答えた。ずっと私を支えてくれた友達を心配させてはいけない。 「もう.....心配するじゃん」 「ごめん。大丈夫!」 「新しいカフェにお昼食べいこ?」 「うん、午後イチ講義無いし、行く行く!」  ありがとうユミ。いつも私を気遣ってくれる、優しい私の友達。  今日は買い物して帰ろう。朝ちゃんと食べなかったから、夕食をきちんと作ろう。シンさんが教えてくれた料理を作る。  でも、教えてもらったレシピ通りに作ってるのに、なかなかあなたの味にならないんだ。食べながら、こらえきれなくて涙が出てきた。  あなたが急にいなくなって、もう十か月経つ。  寂しいよ、シンさん。  シンさんは、仕事から車で帰宅途中に、暴走した老人の車に巻き込まれた。運転が上手な人だったから、間違いなくもらい事故で、過失は無いとされた。  でもそんな事どうでもいい。シンさんを返して。私は彼と婚約して、結婚前提で同棲していた。 『ハナが大学卒業したら結婚しよう』  あと一年ちょっとだね。そんな風に話していたのに。  シンさんが亡くなった後すぐの記憶がほとんど無い。ずっと泣いて錯乱していたと思う。 覚えているのは、親友のユミが毎日のように通って来てくれた事と、シンさんの母親から、 「ハナちゃん、こんな事になってごめんね。シンもあなたと離れて悔しくて仕方ないと思う。気持ちが落ち着いてあなたが新しく生きられるまで、この部屋を使って。家賃の心配もしないでね」 と言われたことだった。  私の実家は東京から遠い。戻ったら大学には通う事ができないし、新しく部屋を借りる気力も体力も無い私には有難い提案だったから、それに甘えた。  それから毎日。  私は写真のシンさんに挨拶して、大学に通った。ちゃんと卒業する事がシンさんと結婚する際の約束でもあったから。大事な人との約束は守りたい。眠れない朝が来ても、講義を休まずに通った。
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