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アイドルは辞める。結婚しよう。話をしても平行線だ。
「テルヤ待って。私にも考えさせて」
「何を?」
「私転職してやりたい仕事に就けたの。やっと自分の人生をやり直せると思ってたから、話が急すぎて」
「それは俺と一緒じゃダメなの」
「そういうことじゃないよ……」
溜息しか出ない。全く違う世界にいるってわかってないのかな。
「まだ時間あるし、考えてて。でも、他の男と付き合うとかは無しな。アキトシに会うのも程々にして」
アキトシにいつどれだけ会おうと私の自由だよ。いい加減にしてほしい。テルヤを睨みながら言った。
「アキトシは、助けてくれたの。私が一人の時に。やっとあの街に戻ってきて、テルヤも友達も、誰もいない時に支えてくれたの。シンさんが亡くなった時もそうだった。バーで黙って話を聞いてくれた。私が一番側にいてほしい時にいてくれなかったくせに、そんな命令しないでよ……!」
テルヤが見たこともない顔をしてうろたえていた。でもこれが私の本心。全部言って帰ろう。次会えるかどうかもわからない。
「俺よりアイツの方が好き……?」
「そういうことじゃないでしょ? 全然的外れだよ……」
溜息が出てしまう。この人、自分の事がわかってないんだ、きっと。
「テルヤ、キスして?」
私がキスを強請ると、戸惑いながらもテルヤが私にキスをする。
舌を絡めて、ひんやりした唇が、私の唇と同じ温度まで上がってきた時に唇を離す。
「……どうした?」
「……テルヤは、私とキスするとこうなるよね。目が変わっちゃう」
彼の目が私を欲しがったまま、その行き場を失くしているのがわかる。
「ずっと思ってた。テルヤは私の事が好きなんじゃなくて、私の体が欲しいんだって」
テルヤの瞳から光が消えた。私への欲情を残したまま。
「私もテルヤとするの好きだよ。でも一緒に生きていくってそれだけじゃないでしょ? そうじゃない時間の方が多いもの」
これをわかってくれないと、続けられないし、だから続けられないっていう理由でもあるんだよ。
「お願いがあるの。私以外の人ともつきあってみて」
「イヤだ。もう散々女の子とは寝たしつきあったよ。それでハナがいいのにどうしてそんなこと言うんだ」
「散々? それでどうしてこんななの? どうして私の気持ちはいつも置いてきぼりなの?」
「そんなつもりないよ」
「私がそう言ってるのに? ……テルヤ、私、体の相性だけがいい人よりも、話をちゃんと聞いてくれる人と生きていきたいよ」
もう、一番言いたいことは伝えた。
「それって、俺じゃなくて、アキトシ選ぶかもしれないってことだよな」
「わからないけどね」
テルヤは黙って私をギュッと抱きしめた。その感触は性的ではなくて、まるで子供が母親にすがるようだった。
「それでも、俺はハナがいい。他の奴に渡したくない」
その言葉に私は何も返すことができない。
「また連絡する。来てくれてありがとう」
「ライブ、頑張ってね」
「うん」
「気を付けて」
「ハナも」
テルヤが一足先に部屋を出た。
スイートルームだった意味ってあったのかな。お金かけさせちゃった。でも良かったのかもしれない。ロマンチックな部屋だったし、昨日の夜のことはいい思い出にしなくちゃ……あんな風に私を抱く人は、もうこの先いないだろうから。
延泊してこれ観に来て、とライブのチケットをもらっていたけど、行かないことにした。
早く帰国して、アフターピルを飲まないと。
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