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仕事を定時で終わらせて、一旦家に帰った。仕事着からカジュアルな服に着替えながら思う。テルヤが電話で言った言葉は今の私には重たい。
もし薬が効いてなかったら、子供を産んでだなんて。予言みたいに当たってしまった。
産むか産まないか、テルヤに言うのか言わないのか。今日のライブを見たらはっきりする気がする。
今日は彼を見るだけで会わないから。仕事してる姿を見てと彼も言った。だから、混乱せずに判断が下せると思う。
チケットを見せる時に緊張した。でも何ということは無い。大きな会場で行うライブだからランダムチェックだし、関係者席とわかっただけで丁寧に応対してもらった。それだけあの騒動から年月が経ち、彼のグループは大きくなったということが理解できた。
二階席の隅っこの席だけど、全体がよく見える。こんなにたくさんのファンの人が彼を見に来るんだ。スマホやパソコンの中で見るライブと、実際のそれは全く違っていた。
テルヤがあんなに、生き生きとしている。彼の笑顔が映し出されるとみんなが悲鳴を上げる。限界まで手を抜かずにダンスしていて、倒れやしないかと心配になる程だった。ファンが振るペンライトがキラキラ輝いて星みたい。
あなたは、こないだ私を抱いた元彼と本当に同じ人なの?
テルヤが、絶対来てくれと言った意味が分かった。これを俺は捨てるつもりだ、と言いたいんだ。今までの努力と、頑張りと、それで掴んだ成功とたくさんのファンの愛を。
お前のためにこれを捨てる、と。
……私は、そんな価値がある人間じゃない。ダメだよ。絶対に、彼はアイドルであることをやめたらいけない。少なくとも今はまだ早すぎる。
もし産むとしたら。一人で育てられるだろうか。
どうしても無理なら、田舎の実家に戻って育てようかな。
今の仕事どうしよう。いいや。クビになるなら、それで仕方がない。
アキトシには何て言おう。正直に伝えよう。嘘をついても彼にはバレてしまう。ごめんねアキトシ。ちゃんとつきあう彼女になれなかった。あなたとなら穏やかに暮らしていけると思ってたのにな。
そう思いながら、眼下に揺れるたくさんの光を見つめた。
会場を出よう移動を始めると、スタッフの人から声を掛けられた。
「メンバーのご関係者のサキノさんですか?」
「え? はい、そうですけど……」
ものすごく緊張する。追い出される? 捕まる?
「これを渡すように言われましたので、お渡しします」
小さな封筒を受け取った。
「……どうも、ありがとうございます」
ファンの人がどんどん移動していなくなる中、そっと封筒を開けると、カードキーとメモが入っていた。
”ライブどうだった? ここで待ってて”
メモにはホテルらしき場所の名前と住所、部屋番号が書かれていた。ここは日本だよ? みんなあなたの事を知ってるのに。
バレたらどうするの⁈
そう思いながらも、私の頭は勝手に、そこに行くにはどのバスに乗ればいいのかを算段していた。
テルヤに会うとしたら、多分今日が最後になる。
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