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シンさんが亡くなって、一人で通うようになった場所がある。
彼が一度連れてきてくれたDJのいるバー。私の好きな音楽が流れていて、落ち着いた雰囲気が良くて、また一緒に行こうね、と約束していた。
一人でいる時はヘッドホンしてるけど、ここなら良いスピーカーで広がりのある音が聴ける。音楽に浸っている時だけが今は幸せ。だから男性に話しかけられないようにと男の子みたいなカジュアルな格好で通うようにした。
あの日以来長かった髪も切ってショートボブにした。
そうそう、最初に行った時の事。
「お客様、失礼ですが年齢を確認できるものを見せて頂けますか?」
カウンターに座ってウイスキーのロックを頼むと、カマーベストが凄く似合っている長身のバーテンダーさんが、真面目な顔で言ってきた。
「え? 成人してますけど?」
「いや、お客様、そうは見えませんので。未成年にアルコールは提供できませんし、そもそもこの店に来て頂くことが……」
仕事に真面目で良い人なんだな。
髪の色はアッシュシルバーで、撫でつけてて派手な見た目。どっちかというと強面だし、水商売ならチャラくても良さそうなのに。
「これでいいですか?」
私は財布から取り出した運転免許証を手渡した。バーテンダーさんがじっくりと生年月日を確認している。
「あ、本当だ。成人していらっしゃいますね。大変失礼しました。他のスタッフにも周知しておきますので、安心してご利用ください」
「ありがとう」
「お名前、ハナさんと仰るんですね」
「はい」
「僕はアキトシといいます。好きなように呼んでください」
ちょっと古風な名前だな。お父さんみたい。でもしっかりと落ち着いた彼に似合っている。
返された免許証を受け取った後、すぐにコースターが滑るようにカウンターに置かれ、琥珀色のお酒が入ったロックグラスが来た。
あれ? 量多くない? 確かシングルを頼んだはずなのに、と首を傾げていると、
「お詫びです。少し量をオマケしてます」
アキトシさんの声が聞こえた。まじまじと彼の顔を見上げると、口をキュっと引き結んで目を細めた笑顔は、さっきの怖い顔とは違う同世代の男の子のもので、何だか安心した。
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