僕の宝物

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 ここで絶対に彼女にこの紙を書かせないとダメだ。そうしないときっと僕の前からハナはいなくなる。そういう確信があった。  落ち着こう。深呼吸を二回した。そして、一大決心をして、口にした。 「……もし、あの人の子でも僕は大事にする。君の子供だから」  ハナが僕の顔を見た。これでダメなら次は何て言えばいいんだろう……。君もテンパってるだろうけど、僕だっていっぱいいっぱいだよ。  頼む、書いてくれ。  ハナの瞳が大きく開いて、くしゃくしゃの泣き顔になった。 「……ありが、とう……」  泣きながら彼女は婚姻届に名前を書いた。  ハナを一人にはしないと決めていた。彼女がこの街に帰ってきた時から。それどころか今は全部自分のものにしたいと思っている。彼女にキスをして甘い媚薬を味わってから、僕は何かに取り憑かれたのと同じだ。  これが無いなんて考えられない。 ”……どこの世界に他の男の子供を身籠った女と結婚する馬鹿がいるんだ!”  頭のどこかで冷静になれよと声がするけれど、もう無理だ。それでもハナが僕の側にいるならそれでいい。  これでいい。  後のことはゆっくり考えよう。  翌日、チヒロさんとユミに保証人になってもらい、区役所に婚姻届を提出した。 「……本当に良かったの?」 「もう提出したんだから訊かないでよ、僕の奥さん」  そう言って、駐車場までの道のりをアキトシが私の肩を抱いて歩く。 「私、今までアキトシに迷惑しかかけてないよ、なのに」  乗り込んだ車のドアをバタンと閉めて彼はこう言った。 「そう思うなら、これからの人生で僕に返して。それであいこだ」  彼の大きな手が私の頬を包んだ。 「一緒に住もう。あと半年したら新しい店がオープンするんだけど、その店長になるから給料も上がるし。心配しなくていいから」 「店長に? すごいね、お店どこになるの?」 「今よりも少し郊外かな。川の向こうの」 「……じゃあその辺りで部屋探さないとね」  いいのかな、もうこんな話が進んでる。私、アキトシと本当に……結婚したの? 昨日まで恋人かどうかもはっきりしない関係の人だったのに。 「通勤するの、大変じゃないか?」 「うん、でもあの辺りなら電車があるし」 「今から行ってみようか。ケーキが美味しい店が近くにあるらしいから」  でもすごく安心している私もいた。私が思い描いていた、落ち着いた暮らしが、これで叶うかもしれないと。  その後、僕たちはバタバタと周囲に結婚報告をし、引っ越しをし、一緒に住み始めた。彼女は職場へ報告した際に急だねと驚かれたらしいが、最終的に職場に残ることができた。  それぞれの親には事後報告で怒られたけど、ヒマワリの咲く僕の生まれた町にハナを連れて行った。  自分の奥さんと手を繋いで、自分の生まれた町を歩くなんて思わなかった。それがハナだなんて。いまだに少し信じられない。仕事の時間帯が違うからすれ違いの暮らしになるけれど、帰ってきた時に彼女の寝顔を見られるのは幸せだ。  僕の職場にも報告した。マスターは喜んでいた。 「所帯を持ったなら仕事もより張り合いがあるな。新店頼むぞ」  チヒロにも婚姻届の保証人になってもらう時に伝えた。 「先輩だったんですか、彼氏って! ちゃんとしてくれて良かったですよ、ほんとにハナさん憔悴してたんですから」  一人で何もかも決めようとしていたハナの事を考えると胸が痛かった。 「まだ産婦人科掛け持ちするの?」 「はい、少なくともハナさんが無事出産するまでは見届けますよ! 何か心配なことがあったら言ってくださいね!」  ハナもチヒロに何かと相談しているようだ。身近にこういう人がいてくれてありがたい。 「ありがとう。色々と世話になります」
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