婚約者がいなくなってから

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 バーに音楽を聴きに行く事が癒しになっていて、通いだしてから、随分元気が出てきたように思う。  今日はレポートを無事提出したから、ご褒美あげよう。 「こんばんは!」 「ハナさん、いらっしゃいませ。いつものですか?」 「うん、いつもの」  アキトシさんは同い年だけど、彼はタメ口はきかず、いつも礼儀正しい。  シンさんも社会人は自分の役割を果たすのが役目だって言ってた。こういう社会人になりたいな。  今日は私が好きな曲が多くて嬉しい。ご褒美あげた甲斐があった。  ふんわりと酔いも回って気持ちよくなっているところに、 「ねえ、」  右側からちょっと個性的な、明るい響きの声が聞こえる。  あー、ナンパなら他所でやってよ。可愛い子がいるんだろうけど、せっかく今好きな曲のいいとこなのに。 「ねえ、君一人?」 「……えっ?」  まさか。  ゆっくり右を向くと、カウンターに座っている男の子が私に声を掛けていた。細面でスッとしてて薄めの唇。少しパーマのかかった茶色い髪が目にかかってる。整った綺麗な顔が目の前にあって、私は面食らった。  ユニークなデザインのパーカーにMA-1に膝の破けたジーンズとスニーカー。人懐っこく少し垂れた目でこっちを向いて笑っている。  いわゆるイケメン。カッコいいんだろうけど、シンさんとは違うタイプだよね。シンさんは正統派のイケメンだったもん。って婚約者の贔屓目かな?  あー、私はそういう目的で来てないのがわからないかなこの服装で。  めんどくさい。無視無視。 「俺も音楽聴きに来たから、一緒に聴こうよ」  その男の子は私の無視を意に介さず隣に座ってきた。  せっかく、自分にご褒美で楽しく音楽聴いてたのに。何で見ず知らずの男と一緒に聴かなきゃいけない訳?  グラスを磨いてるアキトシさんを見つめて助けを求めるけど、笑顔で親指を『イイね!』とサムズアップしてくるだけ。  イイね! じゃないよ……良くないよ……。  うん、声を掛けてきたこの人は無視して、音楽に集中しよう。  五曲くらい黙って聴いていた。  ……結構大丈夫かも。  隣の人話しかけてこないし、圧迫感ないし。よかった。緊張感は解けて、私はアキトシさんに二杯目を頼んだ。 「あ、この曲、こないだ踊ったんだよ」 「……そうなんだ」  何故か隣の男の子から普通に話しかけて来られて、私は何故か普通に返事をしてた。彼は踊ることが好きらしい。 「私に声かけるなんて、おにーさん変わってるね」  失礼だけど本音を言った。 「……そっちこそ」  笑ってる。  何? どういう意味で笑ってるの⁇  まあいいや。名前も知らないから気軽に話せるのもあるのかもしれない。
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