第1話『物語の始まり』

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第1話『物語の始まり』

遠い遠い世界の物語。  その世界には魔法や妖精、魔獣や神様が目に見える形で存在しており、魔導師や魔獣使い、道化師や神官たちも多数存在し暮らしていた。  そんな世界にある【龍の国】。  そこは島国で、東西南北の国と、その中心に位置する神央の5つに分けられており、神央には世界を見守る神様が住う大きく美しく立派な神殿が建っていた。  神殿には神様のお世話をしたり、神様の言葉を人々に伝える役目を担った者達も住んでおり、それ以外の人々は神様の許可がない限り神殿に立ち入ることは禁じられていた。  北の国・サーラ  東の国・リルン  南の国・エルウト  西の国・レダ  神央・ユウィー  この5つを総じて【龍の国】といい、各国を治める王たちを【龍王】たちと呼ぶ。  物語は東の国、リルンから始まる。  それは星が輝く冬の日だった。  深夜の静寂を切り裂くようにして、教会の鐘が鳴り響いた。次々と灯る城下の街灯り。通りに人々が顔を出す。  空を仰ぐもの、顔を覆い泣き崩れるもの、そっと家族を抱きしめるもの。  城からの伝令の声が響く。 「龍王崩御!龍王崩御!!」  50年来の長きに渡り、リルン国を支えてきた国王・ゼーヴェ王。  穏やかな性格で戦を好まず、神央に住まう神への信仰心があつい人だった。  武器ではなく言葉を用いて国内外の問題ごとを解決する能力に長けており、同じ気質を持った南国エルウト、西国レダとは友好的な交流を保ってきた。  好戦的な北国サーラは、そんなゼーヴェ王に 「微笑んでるだけでは国は守れないし救えない!!」  と何度も声を上げたが、ゼーヴェ王が戦を起こすことは1度もなかった。  3年前、病に体を蝕まれてからは床に臥せっている日も多くなったが、それでも公務をこなす姿に国民はもちろん、北国サーラの国王ですら胸を打たれ、回復するよう神央の神へ祈った。  しかし……その祈りは叶わなかった。  数日前に城内で倒れた後、意識を取り戻すことなくゼーヴェ王は旅立った。  教会の鐘はその旅立ちの合図。その知らせは龍の国全土へも届けられた。  南国エルウトの王は追悼の花火を上げ、西国レダの女王は星空の下でレクイエムを奏で、北国サーラの国王はオーロラへ向かい銃を撃った。その目には涙が光っていた。  リルン城内はゼーヴェ王崩御により、俄かに騒がしくなった。  葬送の儀の準備をする者たち、国内外対応に追われる者たち。  そして、各国に存在する、各々の王が選抜した騎士や魔導師たちで作られた部隊。リルン隊のメンバー5人はゼーヴェ王の部屋へ集まっていた。  ゼーヴェ王のふくよかだった身体は病のせいで痩せ細り、穏やかな微笑みを浮かべていた顔は蝋のように白く、辛そうに眉間に皺を寄せたままだった。 「まさか、こんなに早くお亡くなりになるなんて……」  ベッドに横たわる王の枕元で、リルン隊の隊長であるアリアが項垂れる。真っ直ぐに長い金髪が彼女の顔を隠した。  腰に携えた剣は隊長に就任した際にゼーヴェ王から贈られたもの。使うことはほぼ無かったが、アリアはこの剣を大切にし、手入れを怠らなかった。18歳の時に隊長になり、15年が経った。女隊長は頼りにならない、若すぎる、そんな反発からゼーヴェ王はアリアを守った。アリアも、ゼーヴェ王の期待に応えるために剣術の鍛錬はもちろん、今まで以上に武術や学問にも励んだ。  今では泣く子も黙る冷徹の女隊長として一目置かれている。  各国に存在する部隊の中で、女性が隊長を務めるのはこのリルン隊と南国のエルウト隊の2つ。 「早いと申しましても、ゼーヴェ王は御歳75を超えております。充分、頑張られた方かと」  側近のガロが応える。ゼーヴェ王が即位した時からずっと側で仕えてきた人物。年齢も王と同じくらいだが、細い体躯で背筋もピンと伸びたままだ。 「北国サーラの先代は、一世紀を生きた。それに比べたら早いさ」  副隊長のラタムが言う。色黒の肌に黒い短髪。アリアと並ぶ剣の腕前で、背負った大剣は自身の背丈の半分ほどもあるが、ラタムはそれを軽々と片腕で振り回すほどの剛腕だった。年齢は35歳。 「これからどうなるのかしらね……」  アリアの双子の妹であり魔導師のミラルが、黒いワンピースに包まれた両腕を抱いて呟く。ワンピースと同じ漆黒の長髪はアリアとは違い、毛先に向かい大きく巻かれている。目元も指先も黒く塗り、口紅ですらダーク感が強いローズだった。 「明日は1日、教会へご遺体を安置いたします。国民の皆様もお別れを伝えたいでしょうから。その後は各国から王や側近を招いて国葬を執り行います。全てが終わった後、葬列が出発します。葬列にはリルン隊の皆様にも加わっていただきます」  よろしいですね、とガロがリルン隊の隊員を見回す。 「そうじゃなくて……ガロ、次の国王のことよ」   ミラルがため息をついてそう言う。 「ガロさんも疲れてるんだね」  同じく魔導師のイオが言う。のんびりとした性格ではあるが、頭の回転はとても早く、リルン隊のブレインでもある。肩に届くふんわりと柔らかな栗色の髪と笑顔が似合う可愛らしい人物だが、立派な好青年だ。年齢は26歳。 「これは失礼いたしました。次期国王についてですか……それは追々。ところでティアさん、葬儀の際はその子たちは大人しくさせておいてくださいね」  イオの隣に立つ小柄な女性に向かい、ガロが言う。フード付きの緑のワンピースに長い杖。杖には大きく輝く緑色の石が付いている。低く二つに結った黒髪が、色白の肌を際立たせている。大きな瞳の周りはキラキラと玉虫色に輝いていた。リルン一番の魔獣使いと言われているティア。30歳。 「その子たちって……キマイラとグリフォンのこと?」  ティアの傍には大きな2匹の魔獣が付き従っていた。  キマイラは獅子の頭に山羊の胴体を持ち、尻尾には蛇の頭。見た目は恐ろしいが、主であるティアはもちろん、彼女が心を許している人に牙を向くことは決してない。  グリフォンは獅子の胴体に鷲の頭と翼を持つ。気高く、知識量も豊富。当然ながら主に牙を向くことはない。頭脳派であるイオとは気も合うようだった。  両方とも人語を理解し、話すことができる。 「失礼ね。今までだって、誰かに迷惑をかける騒ぎ方をした覚えはないけど?」  キマイラが不満そうに声を上げる。金色の瞳がギラリと光り、ガロを捉える。 「やめないか、キマイラ。ゼーヴェ王が亡くなったばかりだ。ガロまで失うわけにはいかないだろう」 「あんたもやめなよ。今にも飛びかかりそうな顔しちゃってさ。よくあたしに言えたもんだね」  キマイラとグリフォンが睨み合ったところで、先ほどまでグリフォンに寄りかかって座っていた小柄な青年が立ち上がり、さっとティアの腕に縋り付く。 「大丈夫。あんな風にしてても仲良いんだから」  小柄な青年の名前はニコ。ティアの元で魔獣使いになるべく修行中の身だ。小柄といってもティアよりほんの少しだけ背が高い。黒髪に童顔であるため10代に間違われることが多いが、実際は22歳。 「国内外から多くの人がやってくるでしょう。興奮したあまり暴れ出すことなどがありましたら……」 「心配いらないですよ。ティアさんの魔獣ですよ。そんな風に見境なく人を襲うことなどありません!!」  ニコが強く言い返す。ガロは小さく咳払いをした後に、体の向きを変えてアリアに向き合った。 「次期国王の候補はおります。本人がそれを望んでおられるかどうかは別として。今ここへ来るよう呼びに行ってもらっておりますが……あぁ、いらっしゃったようです」  廊下から複数の足音が聞こえる。パタパタとかけてくるのは城の従事者であろう。もう一つの足音はヒールの音だ。コツリ、コツリとゆっくりとした足音。  アリアの目配せに、リルン隊は横一列に整列する。  すぐに部屋の扉が開かれた。アリアが深々と頭を下げ、他の隊員、ニコ、ガロもそれに倣う。  扉の向こうに立っていたのは、豪奢なドレスを身に纏った女性だった。
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