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「住吉巡査部長、入ります」
昼間なのに会議室は暗かった。ブラインドが下げられ、照明も前方の一箇所しかついていない。
「きみは大野刑事と親しくしているね」
「……はい」
「大野刑事が働きかけている。来年には、きみの希望が通る」
「はあ」
春樹は上目遣いに安田を見た。話の筋が見えてこない。
「きみは、大野刑事の下で働きたいのか、それとも捜査員になりたいのか、どちらなんだ」
胸の中にさざなみが立った。答えていいのだろうか。後方、ドアを振り向こうとしたのを、「誰も聞いていない」と安田が止めた。
「……自分の希望は、捜査員です」
安田は頷いた。
「きみの希望はわたしがかなえられる」
「え」
「大野刑事の情報が欲しい。どんな些細なことでもいい」
「それは……」
「素行調査だ」
できるわけがない。バレたら恨みを買い、警察を辞めざるをえなくなる。警察官は陰湿だ。嫌いな奴を辞めさせるためなら靴に針も入れる。
天上人に好かれたところで、現場の警察官に嫌われたら終いだ。
「単刀直入に言うと、わたしは奴を辞めさせたい。もともと、問題の多い男だということは聞いていた。こちらの情報を暴力団に流しているという噂もある。そんな男に国家権力を持たせておくわけにはいかない」
つまり、一人の警察官人生を終わらすために、活動しろと。
「なぜ、自分なのでしょう。自分は、留管で……大野刑事とは、たまに顔を合わせる程度です」
「だが目をかけられている。きみが乗っているハリアーは、大野から買ったものだろう。相場よりずっと安く」
なぜか安田は目つきを鋭くした。
その目を見ていたら、ある恐ろしい予感が胸に迫った。
「あれは、盗難車だ」
スッと血の気が引いた。自分は、暴力団から車を買わされていたのか。
「持ち主が、いるんですか。返還を待つ人が」
「いる。それも十人以上。いいか? 十人以上の署員が、暴力団経由で盗難車を買ったんだ。大野が卑怯なのは、証拠をしっかり残していることだ。大野一人を処罰したくても、出るものが出てしまえば、他の署員もお咎めなしというわけにはいかない。一人の不祥事ではなく、警察全体の大不祥事だ。大野はこれまでも、ことを大きくすることで、処分を免れてきた」
「では……今回も」
「ああ。目を瞑る。盗難車は解体して海外に売り飛ばされた。国内にはない。きみもわかっているとは思うが」
「はい。他言しません」
安田は頷いた。
「わたしは奴一人を懲戒にしたい。奴だけが暴力団から得ている利益が必ずあるはずだ。きみはそれを探ってほしい」
即答はできなかった。
「奴の下で働けば、きみは腐るぞ」
安田は電話番号のかかれたメモ紙を突き出した。春樹が受け取ると、出ていった。
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