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署の武道訓練にはできるだけ顔を出すようにしている。やる気をアピールしたいし、単純に竹刀を振り回したい。春樹は剣道経験者だ。高校時代の顧問とは、いまだに連絡を取っている。
道場に入ると、真っ先に警務課の課長、安田に目がいった。四十六歳の妻子持ちで、剣道の腕前は全国レベルだ。豊かな黒髪と、引き締まった体躯が、見た目年齢を十歳も若く見せている。春樹の憧れだ。口にはしない。安田はキャリアで、一年もしたら現場からはいなくなる。
大野ら五係の刑事は……いない。春樹は安田の側へ行った。順に相手を変える打ち合い稽古で、できるだけ安田と当たりたい。
人数が揃い、剣道強化選手の号令によって、打ち合いが始まった。やはり安田は別格で、春樹は訓練に参加して良かったと思った。
「きみは短期間で上達しているね。この前よりも動きが機敏だ」
訓練が終わり、雑巾を絞っていると、安田に声を掛けられた。
「はっ、あ、ありがとうございますっ」
脈が上がった。体ごと安田を向き、頭を下げた。
「休みの日は必ず出ているだろう。いい心構えだ」
「はいっ! ありがとうございますっ!」
「わたしは全国の警察署を転々としてきたが、ここは年配者の参加が少ないね」
なんと言ったらいいか分からず、春樹はぎこちなく頭を下げた。安田が距離を詰めてくる。
「これが終わったら第二会議室に来なさい」
安田は耳打ちし、去っていった。
心臓がドッと波打った。キャリアが、自分のような末端の警察官を呼びつけた。一体どういうことか。あらぬ想像をしてしまう。低く落ち着いた安田の声が、いつまでも耳の中に残っていた。
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