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【第二話 略奪】
1
長期任務が終わり、久々にランドン帝国に帰ってきた。いつもなら、惰眠を貪ったり、サウナ巡りしたり、つかの間の休日と平和を楽しむのだが、いまはそんな気分になれなかった。
軍の射撃場でなにかの鬱憤を晴らし、休憩室で休んでいると、ポピーとナデシコがやってきた。彼らは普段と変わらず、「よう」と元気な挨拶をしてきた。彼らがこうだから、より一層アロンが浮いてしまう。
「アロン、どうかしたのか?」
「いや、なんでもないよ」
「なんでもなくないでしょ。あーしが聞いてやる」
別になんでもない、と頑張って作った笑顔を見せていると、ラワーやらエリカやら、ほかの班員たちも集まってきた。アロンは、全員からの視線に負けて、しぶしぶ話をした。
「ソニアさ、どうしてんのかなって」
「うわ、あの女かよ……。別にただの他人なんだから気にすることないっしょ」
「確か噂、最近ひとり、研究室に連れて行かれたやつがいるって噂になっていたな」
噂という言葉に反応すると、ラワーは説明を付け足した。
「研究室なんて表向きで、ひでぇ人体実験やら拷問をしているって聞いたことがある。だから、研究室行きイコール、死ってことだ」
「はぁ!? なんでソニアがそんな目に遭わないといけないんだよ!!!」
「だから、噂だって言ってんだろ。それが事実か知らないし、事実でもソニアとは限らないし」
周りの雰囲気的に、間違っているのはアロンらしい。心配して損した、そんな声が聞こえてきそうだった。唯一ポピーだけアロンの味方だが、微々たるものだった。出会ってから一週間も経っていない少女に、気をかける理由はない。しかし、アロンの体感では、それ以上の時を過ごした気分だった。もっと昔から知り合っていたような感覚だった。
周りが雑談を始めた。それはいつもの光景だった。ソニアが微塵も存在しない光景だった。どうしようか、どうしようかと、ぐるぐると闇鍋のような頭を回転させる。ソニアならどうするか、そう思った瞬間、アロンは唐突に立ち上がった。
「助けに行こう」
それに同意するものは現れず、むしろ「なにいってんだ」「いかれちまったか」「頭冷やせ」という言葉で溢れ返った。アロンは、正気だった。だったのだが、批判を受けているうちに、次第に自信がなくなってきた。
すっかり座り込んだアロンに、ラワーが冷静に説明し始めた。
「憲兵に連れて行かれたってことは罪人ってことだ。それを擁護する意味分かってんのか。追放されるだけならまだ優しい。最悪、死刑だってあり得るんだぞ。俺ら第二特殊戦略班も、その火の粉をかぶるんだ」
反論はなかった。集まった班員はおのおの散っていった。
「スチームなことはいいが、冷静さも大事だぞ」
“スチーム”とは、もともと蒸気のような情熱というで、いまでは最高やクレイジーという幅広い意味で使われているスラングだ。ここでの意味は、“やんちゃで無鉄砲”、つまりガキって意味だ。冷静だと思っていた。だから正気のつもりで発言した。しかし、強く反論もできない。ソニアのような固い意志は、アロンにはない。
何人か射撃場で競い合ってるらしく、わーきゃー楽しそうな声が聞こえてきた。アロンは、言われたとおり頭を冷やそうと、シャワールームへ向かった。ラワーの横を過ぎたとき、背中越しからポロッと聞こえた。
「これはひとりごとだ。研究室は三時間おきに天窓開けて換気するらしいけど、そんな装置あるくらい金あるなら、うちの装甲車も新しくしてほしいよなぁ」
アロンは一瞬立ち止まって、また歩き出した。
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