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受賞
行きつけのスナック〈さゆり〉で、遠間は数人の記者と共に今や遅しと吉報を待っていた。
ママも緊張している。遠間は努めて笑顔をみせるが、内心の焦燥はいやがおうにも隠せない。
芥海賞。
新人作家の登竜門として最も権威ある文学賞。
遠間の渾身を込めた〈飛翔〉が、芥海賞の最終選考まで残っているのだ。
十六から書き始めて下積み二十数年。青森の田舎でただ一人待つ老いた母親のために、支援応援してくれた数々の友人知人のために、そしてなにより、自分自身のために、遠間は何がなんでも絶対受賞しなければならなかった。
発表予定時刻をもう二十分も過ぎている。選考が難航しているのか。
担当記者の電話は鳴らない。
「遅いですなあ……」
記者の一人がつぶやく。そんなことはここにいる誰もが承知している。
ママが遠間に声をかける。
「遠間チャンのあの小説、すっごく面白かったもん。絶対よ。遠間チャン、絶対大丈夫よ」
息詰まる空気。
ゆらめく紫煙。
ときおり思い出したように鳴る、グラスがカウンターに置かれるコトリという音。
芥海賞を獲ると家一軒建つといわれている。そしてもちろん、文壇への洋々たる道が開ける。
遠間は、ここがおれの人生の正念場だ、と完全に自覚していた。あんなにうまく書けた作品はない。あれが落ちたら、おれの作家への道も終わりだ。二度とあんな上出来なのは書けない。書けるはずもない。金属加工工場に骨をうずめることになる。
是が非でも。
是が非でも!
何がなんでも。
何がなんでも!
何がなんでも!!
《ピロピロリー、ピロピロリー》
スマホがけたたましく鳴った。飛びつく記者。
「うんうん。挨拶はいい。でどうだった!?」全員が耳を澄ます。「ええっ!?」
ゴクリ。
「斎田真由美の《北洋の果て》と、《飛翔》が受賞だって!?ダブル受賞!ダブル受賞か!」
「やったあ!受賞だあ!芥海賞だあああ!」
「やったわ、遠間チャン!やったわ!」
「遠間さん!おめでとうございます!おめでとうございます!」
場は一斉に沸き立つ。みな立ち上がり、万歳の嵐。ママは狂喜乱舞し、記者たちは抱きつき合い、当の遠間は男泣きにおいおい泣き出す。
その騒ぎを、電話を受けた記者が手で制した。
「ちょっとちょっと!みんなうるさい、うるさい!まだ電話の途中なんだ。もしもし。もしもし。うん。うん。芥海賞が斎田真由美の〈北洋の果て〉、遠間さんの〈飛翔〉は今年新設された……」
みなは静まった。
記者は続けた。
「新設された、〈最終選考のうちもっともくだらない作品で賞〉を受賞……」
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