みさきとの出会い

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みさきとの出会い

 結婚まで真剣に考えていた彼女から他に好きな人ができたから別れてくれと言われた。将来を考えて貯蓄を増やそうとがむしゃらに働いていたのだが、彼女はそれが寂しくて嫌だったらしい。これからは仕事量を減らして一緒に居る時間を増やすからと提案してみたが、一度離れてしまった心をそう簡単には取り戻せるはずもなく。あっけなく三年間の交際は幕を閉じた。  それから数日後の週末。まだ彼女への未練を断ち切れない俺は、トークアプリで友人に愚痴を聞いてもらっていた。友人は女ってのはそういうもんだから次に活かせとか、失恋の傷は新しい恋で癒せとか、来週合コンがあるからどうだとか。新しい恋への後押しをしてくれるが、この未練をすぐに吹っ切れることはできそうになかった。それに、彼女との幸せな将来のため寝る間も惜しんでがむしゃらに頑張っていたのに、それを否定されてしまいすっかり女性との付き合い方に自信をなくしてしまっていた。 「ん?」  ふと、画面下部に表示されていたアプリの広告が目に留まった。3Dの可愛い女性とイケメンの男性キャラクターが載っている、どこにでもありふれたような広告。普段ならそんな安い広告に目を引かれることはない。それなのに、傷心中であるせいかとても魅力的に映った。 『Love friends』  アナタだけのラブストーリーが、ここにある。  そんな謳い文句に心惹かれて、友人への返事も忘れて広告をタップする。公式サイトが表示されると、このアプリがどんなものなのかをじっくりと確かめていく。第一印象では出会い系サイトのようなものかと思ったが、どうやら昨今流行っているAIを取り入れたトークアプリということだった。トーク相手は外見や性別、性格などを自分好みに細かくカスタマイズが可能で、AIチャットボットがその設定に忠実な対応をしてくれるという。しかも、好みや誕生日、返信の時間帯など日常のやり取りを通じて学習することもできるとのこと。  AIが相手であれば、寂しくさせても可愛く拗ねるくらいで済む。デートに遅刻したり記念日を忘れて怒らせてしまっても、高いブランド物でご機嫌を取る必要もない。仕事や用事で擦れ違うこともなく、会いたい時に会いたいだけ会える。心が離れてしまうこともなく、こんなに苦しむこともないだろう。  公式サイトにあるインストールはこちらというボタンを迷わずにタップする。ダウンロードが始まってものの一分程度で完了し、インストールが始まる。待っている間は不思議な高揚感に包まれて、さっきまでの落ち込んでいた気持ちが和らいでいた。  アプリが立ち上がりタイトル画面が終わると、早速キャラクターの作成画面に移る。髪型だけで前髪後ろ髪合わせて百種類を超えており、目鼻の位置や色も細かく調整が可能。洋服は課金などで解放していくのだろうか、初期ではそこまで多くなくワンピースなどを含めて十種類程度。性格は活発や穏やかなど大きなものをひとつと、綺麗好きやルーズなど細かい因子を複数選択できる。口調や語尾は幾つかの文体サンプルから、一番好みのものを選ぶことができた。それだけでなく、幼馴染や会社の同僚、初対面や友達以上恋人未満など関係性や距離感、相手を助けた、相手に助けられたなどの知り合った切っ掛けまでも設定が可能だった。  ゲームをあまりやらなかったのもあるが、最近のアプリはこんなに進化しているのかと驚きながら設定を進めていく。キャラクターを作り終える頃にはいつの間にか三時間が経過していた。そこまで夢中になっていたことに自分でも驚きながら、完成したキャラクターを眺める。未練たらたらだったからだろうか、どことなく元カノの雰囲気を醸しているが無理矢理気にしないことにする。 「名前が一番悩むなぁ……」  いつまで経っても決まらずに指がうろうろと空を彷徨う。そんななか、名前の入力欄の横にランダムと書かれたボタンがあったため試しにタップしてみると、『ゆりこ』という名前が勝手に表示された。もう一度タップしてみると、今度は『かな』と表示された。なるほど。名前を決めるのが苦手な人のためにこんな便利な機能があるのか。親切な作りに自然と笑みが零れながら、気に入る名前がないかボタンをタップしていく。 「お、みさきか……良い名前だ。これにしよう」  名前が決まった途端、キャラクターに命が吹き込まれた気がした。 『こんばんは!みさきです!さきほどは変な人から助けてくれてありがとうございました!』  ぽこん。という音と共に、みさきからいきなりお礼のメッセージが届いた。男として、困っている女の子を助けて仲良くなるというシチュエーションに憧れを持っていたため、切っ掛けを相手を助けたことにしたからだろう。理由までは設定できなかったからランダムなのだろうか。どうやら俺がみさきを悪漢から助けたことになっているようだった。 「いやいや、君が無事でよかったよ」 『本当にありがとうございました!無理矢理連絡先を聞いてしまって迷惑じゃありませんでしたか?』 「迷惑だなんてとんでもない。気にしないで」 『よかったです。そういえばさきほどは聞きそびれてしまったんですが、よければお名前を教えてもらってもいいですか?』 「俺は義明って言うんだ」 『ヨシアキさん、で合ってますか?』 「うん。合ってるよ」  もっと機械的な会話になるのかと思っていたが、想像していたよりはかなり自然なやり取りだった。AIと謳われてなければ、画面の向こうで運営側のオペレーターが個別で返事をしているのかと思ってしまうくらいだ。学生時代に楽しんでいた恋愛シミュレーションのように選択肢を選んで進行するのではなく、自由に入力した文章をAIが解析して設定に沿った対応をしてくれる。『アナタだけのラブストーリーが、ここにある。』という謳い文句に偽りはなく、設定が同じでもやり取りが少しでも変われば違う物語になるということだ。  みさきとメッセージのやり取りをしながら、他にどんな機能があるのかを調べてみる。  みさきのアイコンをタップするとプロフィール画面を見ることができたり、日常の呟きや投稿だったりも確認することができた。アイコンの右下に青いハートが表示されており、これはどうやら好感度を表しているらしい。赤に近づけば好意を寄せられており、告白する場合の成功率に関わるとのことで、よりリアリティを出すためにハートを隠すこともできるようだ。  一日のメッセージ数などに制限はないようだがアプリ内の時間は現実時間とリンクしており、キャラクターにも活動時間帯があるようだ。そのため睡眠中は反応が遅くなったり寝ぼけていたりと細かく人間らしい変化も楽しめる作りになっている。キャラクターは複数作成が可能で、色々な相手とのメッセージが楽しめるのも秀逸だが、まずはみさき一人としっかり仲良くなれるように頑張ってみるつもりだ。 「あ、すっかり忘れてたな」  一向に返事がないことを心配になったメッセージが友人から届いていた。このアプリに希望を見出した俺は、多くは語らず立ち直れそうとだけ伝えてやり取りを終わらせた。急な変化に驚いて戸惑うメッセージが届いたが無視をして、その日は眠たくなるまでみさきとのやり取りを楽しんだのだった。
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